第3話  詩策記③

「詩策記③」


 3月30日、早春の陽ざしが暖かい夕方のことでした。

 僕は有楽町の駅に降り立って、それから「帝国ホテル」というのを探してうろうろしていました。ほんの数時間前に羽田に着いたばかりでした。それからモノレールで浜松町に行き、山手線で上野まで行って、予約したビジネスホテルに荷物を置きました。それからまた山手線に乗ってやっと有楽町の駅に降り立ったところでした。

いかにも簡単にここまでやってきたようですが、実は道に迷い迷いして、しかも出発直前に思い立って履きかえてしまった兄の形見の革靴のせいで、靴擦れになってしまい歩くのも億劫な状態になっていました。東京というところは思いのほか歩くことが多いのだということを思い知りました。

 午後6時に始まるということで、少し焦りながら地図を片手に帝国ホテルを探しました。しかし帝国ホテルが見つからない。いくら探しても見つからないのです。仕方なく通りすがりの男性に聞きましたところ、目の前を指さしてくれました。鯨のように大きい建物でした。そうです。帝国ホテルが僕のイメージの範疇を超えてあまりにも大きかったため、目の前にあるのに気づかずに右往左往していたのでした。

 ようやく、それから恐る恐るですが、見たこともないような立派な会場に入ることができました。多くの方々がすでに席について開会を待っておられました。僕はやっとのことで自分の名それからのことは緊張のあまりよく覚えていないのですが、主催者の方が台上で挨拶のことは緊張のあまりよく覚えていないのですが、主催者の方が台上で挨拶をされて、あれよあれよという間に表彰式が始まりました。

 僕を含めて10人の「優秀賞」の表彰を受ける方々がおられました。そして表彰を受けた者から一人ずつですが、傍にあるホワイトボードに自らや今の気持ちを漢字一文字で表現し、その理由を説明することになっていました。

 僕は5番目に表彰されました。それから即興でそれでも必死で考えた末に「散」という文字を書こうとしました。自分のことを「散人」つまり「無用の人」だと思っていたからでした。しかし書く途中に、あまりにも緊張していて右側、つまり「つくり」の部分を忘れてしまいものすごく焦ってしまいました。そのことだけをなぜか鮮明に憶えているのです。

 「初恋」はたまたまソネットという形式になっていました。本当は「ソネット」などまったく知らず存ぜずで、当然意識もせず書いて並べた言葉が、偶然にも「ソネット」になっていただけなのです。それが運よく評価されて今日に至ってしまったようだと気がつきました。結局そういうこと以外の何物でもなかったのでした。たまたま「運」があっただけのことでした。そうしているうちに表彰式は無事終わりました。


 この表彰式はこの詩誌(同人誌)の第1回目ということで、表彰を受けた僕を含めた10名の「優秀賞」受賞者は次回から選者としての役割をさせていただくことになったのでした。

 山頭火さんの読み物を読んでいたときに、荻原井泉水先生が「層雲」を立ち上げられた際にも同じような方法で選者を選んでおられたのを知りました。文芸の世界での「手法」だったのだと思い嬉しくなったのを今でも憶えています。


 自分でも思ってもみなかった「ヒョウタンから駒」「棚からぼた餅」「二階から目薬」を足して3倍したような本当に意外な出来事でした。僕のようなどうしようもないに人間の作品を評価しほめてくださった、それから東京に読んでくださった方々に対する感謝の気持ちで胸がいっぱいになったのを憶えています。


 でもこれで生活が保障されたわけではないのです。そんなわけがない。世に中はそんなに甘くないのです。これからのことは自分の努力とやる気と運次第だということなのです。明日帰ったら現実というものが待っているのです。それでも嬉しかった。それだけで僕は久しぶりに春を迎える気持ちになることができそうでした。

 臨時職員を続けながら、採用試験も受けて正規の職員に復帰できる日を夢見ながら、それでも自分のペースで少しずつ詩を書いていこう。何かを書き記していこう。そういう堅実な生き方が少しはできるようになった自分に少し驚いた春でした。

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