第1話 映画館での落とし物に関するご意見①
登場人物
シリーズのレギュラー
主人公。アラフォー独身一人暮らし。
早苗の同僚。早苗よりちょっと年上の扶養内パート主婦。10代の子供が二人いる。早苗の変人ぶりに冷静な突っ込みを入れる役。でも、早苗のことが嫌いではない。むしろ気に入っている。
早苗の同僚。20代後半のフルタイムパート。明るくおしゃれな、今時の女の子。突っ込み役その②。早苗の奇怪な言動にあきれつつも、つきあってあげる優しい子。
三月のある日。
東京都内で一番田舎、と言われている
周辺で夕方からふり始めた雨は、午後9時頃、豪雨に変わった。
そのせいか、レイトショーが終わる午前0時間際、モールの映画館は、閑散としていた。広々としたロビーには映画館スタッフの
やることもなく、カウンターにただ座っているだけの梨花は退屈だった。しばらくはショートカットの茶髪をいじったり、整えた爪をながめたりしていたが、そのうち、船をこぎはじめた。
夢の中で何かが、がらがら音をたてながら近づいてきた。
あれはなんの音……そうだ、掃除用カートだと気づいたとき、肩を揺さぶられた。
「ちょっと梨花さん、起きて」
梨花ははっと目を覚ました。
いけない。いくらまわりに客がいないとはいえ、居眠りは、と自分を叱り、両頬をパンとはたく。
「志乃さんありがとう。起こしてくれて」
礼を言うと、総白髪の清掃員、
少し曲がった腰をかばうようにして歩く志乃はもう68歳。22歳の梨花とは、おばあちゃんと孫くらい年が離れているが、何故だか二人はうまが合った。
時々、二人でお茶をすることもあるほど仲が良い。
若くして離婚し、女手ひとつで二人の子供を育て上げた志乃は、梨花にとって人生の大先輩だった。苦労したせいか、外見は人より早く老けてしまっていたが、それは尊敬できる点のひとつだと思っていた。
「今、雨すごいねえ。来るときはそうでもなかったのに」
志乃が言った。
「あ、志乃さん自転車通勤だったよね。帰りは大丈夫?」
梨花は心配し、たずねた。
「
志乃は深い笑いジワを作りつつ答えた。
「そうなの。よかったね」
勝也というのは志乃の息子だ。志乃は子供たちと3人で暮らしている。
「あ、でもーー」
「何?」
「
仁美と言うのは志乃の娘で、知的障害がある。志乃が深夜のシフトに入っているのは、仁美を家にひとりで置いておくのは心配だからだ。平日は、夕方仕事を終えて帰ってくる勝也に、仁美のお守りをバトンタッチして働きに出る。
「仁美も勝也と一緒にモールに来るのよ」
「それなら安心ね」
「本当ならもうとっくに寝てる時間なのに、モールまで連れ出して、仁美には悪いんだけどね」
「仕方ないよ。こんな雨の中を自転車で帰れないもの」
まれにだが、雷の音すら聞こえる。タクシーは捕まるかどうかわからないし、勝也たちが来てくれたほうがいいだろう。
そこへ、館内からやってきたもう一人の清掃員、
「志乃さん、まだロビーの掃除終わってないの? 遅いんじゃない」
強いパーマをかけた髪をかきあげ、フジ子はさらに悪態をついた。
「口だけじゃなくて手も動かしなさいよ。まったく、これだから志乃さんとペアの日は嫌なのよ」
「ごめんなさい」
50代半ばの清掃員リーダー、フジ子は高齢で動きの鈍い志乃をこころよく思っていないようで、しょっちゅうつっかかってくる。
「もういい。ロビーは私がやるから、志乃さんは館内の掃除して」
「わかったわ」
志乃はおとなしくシアター内へと歩きはじめたが、フジ子の死角になる位置で立ち止まった。そして梨花を振り返り、大きく肩をすくめて見せた。
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