第18話 異教徒蜂起と水神さま5

 ここから先は、フライ准将抜きでやらねばならない。

 いよいよ腹を括るしか無かった。

 とは言え、本当ならフライ准将が参戦するケースの方が稀だし、何だかんだ俺達人類は、どんな魔物が来ようと種を守り抜いて来た。

 准将は、既に充分過ぎる深傷ふかでを水神さまに与えてくれた。触角は破壊されたし、内臓剥き出しの身体にはもはや装甲性能など皆無。

 これ以上、甘える方が筋違いと言うものだ。

 他の騎士や民間パーティ達も、俺と同じ事を考えたのか、ガラリと動きを変え出した。

 准将任せで立ち往生していたそれから、能動的な攻撃の布陣へ。

 エメリィに殺られる前に、まだマシな水神さまの方を殺って、あの野郎がこの場で戦う理由を潰す。

 退路は絶たれた。

 人類の底力を舐めるな。

「蒼穹より虚ろに顕現せしは、混沌を根源とする叡智の巨神。其の息吹は霹靂へきれきと化し啓蒙を下さん! リトリビューション!」

 何処かの騎士隊がかなり大掛かりの詠唱を紡ぐと、雲一つ無かった空域から、大樹のような落雷が伸びて水神さまを撃ち抜いた。

 それ自体が水神さまの肉を更にえぐり取ると共に、体内でわだかまる電流が弾け続けて、臓腑を破壊していく。

「無、在りて無窮むきゅう在り。無窮在りて無限光在り。天地濫觴らんしょうの扉を再び開け! オリジン・クエーサー!」

 水神さまを中心とした広域に個体じみた質感の光条が無数展開され、挟むように殺到。

 上下左右・四方八方から撃ち抜かれ、水神さまは益々ズタボロに引き裂かれていく。

 威力だけなら、他の騎士でもフライ准将と遜色のないものは出来る。それを1000種類以上も持っていて、遅滞無く乱射出来るのがおかしいだけであって。

 水神さまが、おぞましい咆哮を上げて急降下。

 俺達の持ち場に来る。

 テオドールが駆ける。

 俺は、回復魔法を構えて彼の背中を見守る事しか出来ない。

 地面を抉りながら、水神さまが肉迫。テオドールを含め、前衛の騎士・従士が迎撃にあたる。

転瞬万瞬滅尽斬てんしゅんばんしゅんめつじんざん!」

 それを発声した瞬間、テオドールは音を追い越した。

 一秒にも満たない瞬間、20太刀もの斬撃が水神さまを打った。更に、魔剣の複写斬撃が遅れて生じ、水神さまの身体が独りでに引き裂かれていく。

 だが、テオドールもヒレに激突して吹き飛んだ。脇腹が深々と裂けて、夥しい血が噴き出す。

「もう一度だ!」

 俺の回復魔法をろくに待たず、死に体のテオドールがなおも挑みかかる。

 既に攻撃手段の尽きた俺には、回復魔法によるあいつの延命しか出来ない。

 共にあそこへ突っ込めない自分に心底嫌気がさした。

 同時に、いつもエリシャはこんな気持ちで戦っていたのかと、酷く思い知らされた。

 自分が危険に曝されている事よりも、何も出来ない位置から、知っている奴が死ぬかもしれない状況を見せられる事の方が、遥かにメンタルを蝕まれる。

 やはり初陣のショッピンクモールで俺のした事は、殴られて当然のものだった。

 だが。

 テオドールの勢いに触発されてなのか、他の隊の前衛達も我先にと挑みかかる。

絶凍矛ぜっとうむ・ジャッジメントヘイル!」

殺死冥導剣さっしめいどうけん!」

「二殺の剣! リュヌ・ソレイユ!」

 一人一人、固有の必殺技を叫びながら、大勢の戦士が超常的な動作で水神さまを袋叩きにしている。

 ここまで間髪いれずにボコされると、流石の“神”もまともに動けない。

 あるいは、エメリィと言う存在に尻を叩かれる前に、始めからこうしていた方が良かったのか。今となってはわからないが。

 そして。

「城塞崩落打!」

 何処かのパーティの大柄な騎士が、上空高く跳躍してから、凄まじい加速を伴って急降下。巨大メイスを振り下ろし水神さまの脳天に決定的な一撃をぶちこんだ。

 チョウチンアンコウの頭部はついに砕かれ、脳と思われる内容物もグズグズになって飛び散った。

 トドメを決めた巨漢が油断無く跳びすさり、動く気配のない水神さまに向けてなおも武器を構える。

 皆、肩で息をしていた。

 もはや立っていられない者も相当数居る。

「やった、か?」

 誰となく、そう言った。

 誰が言っても良かった言葉だ。

 俺も、これだけの人数と連帯感を覚えるのは生まれて初めての事だった。

 

 だが。

 

 まだ終末の戦いを展開しているフライ准将・エメリィの立てる音だとか、ペットのデーモンが猛威を振るっている音だとか、そもそも荒れ狂う海だとか、やかましい環境音で飽和していたにも関わらず。

 その、ずるり、ずるりと言う音は、やけにはっきりと俺の耳に……そして、他の皆の耳にも届いたようだ。

 明らかに、死んだ筈の巨大アンコウの中からだ。

 そして。

 水神さまの法外な肉量がバラバラに弾けたかと思うと、中から一回り以上は小さい岩山のような塊が飛び出して来た。

 ああ……そいつもまた、アンコウの姿をしていた。

 キアンコウ。

 奴らは矮雄であり、産卵期には雌が雄を補食してしまうケースも珍しくはない。

 チョウチンアンコウとキアンコウの違いはあれど、前者が何らかの経緯で後者を食ったのだろう。

 しかし、後者もまた魔物。食われた程度の事で絶命しない可能性は充分に考えられ、むしろ水神さまの体内で栄養を横取りしながら潜んでいたのだとしたら。

 とにかく、目前の光景こそが俺達に突きつけられた現実だ。

 一気に宿主の栄養を摂取した勢いか、キアンコウは冗談のような速度で身体を肥大化させつつあった。

 心が折れた。

 皆、最前までの勢いは途端に萎えて、さっき水神さまにトドメを刺したMVP騎士に至っては、両膝をついて項垂れてしまった。

 そして。

 キアンコウが、天へ向かい凄まじい勢いで落ちると、

 

 その巨体が、黒く長大な何かで瞬時にぐるぐる巻きにされた。それは、船舶用のごとき鎖だった。

 上空に昇ったばかりのそいつは、また途方もない力で鎖に引っ張られて地表に激突。

「こっちの方が、さっきのよりカワイイじゃん」

 鎖の始点、そしてキアンコウの落下地点となったそこに立つのは、キャリアウーマン然とした精悍な顔立ちの……人類最強の男。

 フライ准将は、殺られたか?

 いや、空を見ると彼は変わらず健在だった。

「ねえ、フライ! こっちなら貰って行ってもいい? 」

 上空の准将は、疲れたように頭を振って、

「まあ、責任をもって“交戦”にあたってくれるなら、騎士団としてお任せしますよ」

 水神さまは、その解析が完全に終了した上、甚大な被害が予想された個体だった。

 対して新たに確認されたキアンコウの方は、書類の上ではまだ発生していない。

 そして恐らく、キアンコウは水神さま程の脅威ではない。

 もし水神さまと同等の危険性があると分かれば、最初に“交戦”を買って出たエメリィが好きにすれば良いし、奴がそれを放棄した場合はまた騎士団や民間が出向いて後始末するだけだ。

 エメリィが魔物を飼育している状況と言うのは、法的には「奴と言う個人パーティがそれと交戦している」と言う事になる。

 さっき奴が放ったデーモンも同様であり、殺されないまま維持されていたので結構長生きしている事になっているのでは、と思う。

 とにかく。

 今は、エメリィを去らせるのが優先。俺が准将でもそうする。

「それじゃあ、遠慮無く。お邪魔したね」

 そう言って、エメリィはキアンコウを無理矢理引きずりながら去っていく。真っ直ぐ、建物をすり抜けながら。

 フライ准将とエメリィ。

 お互いに、どこからどこまで計算に入れていたのか。

 定かでは無いし、知りたくもない。

 まだ、心臓が暴れている。

 生き残った事が信じられない。

 だが、何とかエリシャには、俺達の元気な姿を見せてやれそうだ。

 それが、俺が助かった事と同じくらい嬉しい。

「アンタ、何か“違う”からもう要らない」

 遠くで、鎖分銅から戦斧へと戻したそれで、エメリィはデーモンの脳天を叩き潰して行った。

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