第17話 異教徒蜂起と水神さま4
チョウチンアンコウ。
それが、今、俺達が見上げている岩山のような存在のルーツだった。
海が生き物のようにうねり、天を衝く柱が何本も出来上がっている。入れ替わり立ち替わり、それらが重力を思い出して地上に激突、鉄砲水となって荒れ狂う。
俺達騎士団は、誰も彼もがとっくにずぶ濡れだ。何人か、波に浚われた者も居るとか聴こえた気がする。
俺の隣で待機しているテオドールなどは、とっくにメイクを洗い流され、髪も下りて、人相が変わり果てていた。
それぞれのパーティはお互いに広めの間隔で布陣しており、水神さまが何かの気まぐれで地上に降下してきた場合、その持ち場を担当する隊が迎撃を狙う。
弓や攻撃魔法を使える者が度々狙い撃ってもいるが、如何せんこのサイズ比だ。正直、山をシャベルで少しずつ削っているような気持ちになる。
とは言え、明らかに撃たれた方向を襲ったりしているので、一応、神経に届いてはいるのだろう。
信者どもを粗方制圧し終えた後、無理矢理魔法を腹に詰め込んだものの、俺の方は既に回復魔法以外は撃ち尽くしていた。
しょっぱい光魔法だけは1つ残してあるが、これは攻撃のためではなく、自分が「光を理解した状態」にしておく事で、奴の光魔法へのレジストに参加する為だ。
俺達の持ち場にも一度突撃された。
テオドールが、あわよくば、チョウチンアンコウの触角を斬ろうと試みたが、まるで届かなかった。
エリシャがどう予知しようが、あそこを両断出来る未来は、今のところ一切見えなかった。
当たり前だが、多くの未来視の中でテオドールが手を変え品を変えの末路で死んでいた。エリシャが居なければ、これらの未来の内、どれかが現実になっていた事だろう。
まあ、どんな生き物でも大事だったり脆弱な部位・器官を躍起になって護ろうとするのは自明の理か。
状況としてはこんな所だ。
そして、水神さまの対面に位置する
ジョージ・フライ准将。
わけわからん重力操作により、彼は人類で唯一、生身の単独飛行を可能としている。
准将が虚空に手をかざすと、何もない所から一冊の本が現れた。
パッと、目的のページを一発で開き、チラ見。
生で見たのは初めてだが、凄まじいものだ。
自作の魔法書を目視するだけで完璧な魔法思考が瞬時に完成する。事実上の無詠唱、かつ、戦略級の魔法が乱射し放題。正直、人間業ではない。
光爆から抜け出した水神さまが、大きく旋回して、一瞬で准将の背後を取ったーーブラックホールのような、球体じみた何か? が現れたかと思うと、水神さまの巨躯が急角度を描いて墜落。あれが重力の魔法なのだろう。
フライ准将の周囲には、常に何らかの迎撃魔法が展開されていると言う。本人が知覚していない位置からの襲撃でも、張り巡らせた魔法の罠が彼を護って余りある威力で対処してくれる。
つまり、彼がやっている事は、無詠唱で迎撃魔法を常駐させつつ、魔法書によって能動的な攻撃魔法を放っているのだ。忘れちゃいけないが、空を飛びながら。
無詠唱自体が一国に一人居るか居ないかの鬼才であるのに、それを三重でやっている。こんなケースは空前絶後と言って良いだろう。
水神さまが、大海原に大穴を穿ちつつ着水した。
それだけで、俺達の方に津波が襲い掛かる。もう、この場で見ているだけでも命懸けだ。
基本的には、最も厄介な相手であろうフライ准将へ
地上で右往左往している俺達雑兵には目もくれず、奴は再び水面をぶち抜いて空へと飛翔した。
この一瞬で、俺は水神さまの体を見た。
流石に、准将の魔法を二発も貰って、あちこちの皮膚と肉が裂け、濁った体液を撒き散らしていた。規格外の巨体が災いしてか、自己再生が比較的遅いのもありがたい話だった。
このまま、准将に任せておけば何とかなりそうだ。
……と思っていた矢先だ。
例の、チョウチンアンコウとしての触角が、あからさまに莫大な光量を蓄えだした。
気温がにわかに上昇し、身を切る寒さに生温い風が被さった。
魔物の発光器官がどのように使われるか、大抵は決まりきっている。光学兵器だ。
奴も先の失敗から学んだのだろう。光であれば、重力壁に叩き落とされる事無く、准将に届くと考えたのだろう。
レジスト、間に合うだろうか。俺は一応、奴の触角へ意識を馳せて、発射の瞬間に備える。
あの准将であれば、重力以外の迎撃魔法を他にも持っていそうだが、この戦いでは万が一にも彼を失うわけにはいかない。
恐らくは、他のパーティも同じ考えのはずだが。
「みんな、レジストはやめて! ぼくに考えがある!」
魔法で拡声し、准将は下々の俺達に命じた。
俺は即時、考えを切り替えた。ここで欠片でも准将を疑うような奴が居たとしたら、プロ失格だ。
そして、チョウチンアンコウの光が飽和した。
准将が、また魔法書のページを一発で開いた。
世界が、白く染まった。
一瞬、失明したかとビビった。
肌が熱い。炙られているようだ。
触角に蓄えていたそれを遥かに凌ぐ光波が、純粋な滅亡の奔流となって水神を襲う。
発射寸前だった水神自身の光も暴発し、岩山のような体を内部からズタズタに引き裂いたのが見えた。
触角はもちろん千切れ飛び、顔面は裂け、内蔵ははみ出している。“神”クラスの魔物にしては、そこそこの重傷だろう。
トヘアの港を滅ぼしてしまわないよう、准将は光の奔流の軌道を頭上へと曲げた。それは天空を勢いよく穿ち、更に彼方へと消えていった。
行ける。
このまま准将が何もミスらない限りは、負ける気がしない。
そう思っていた矢先だ。
街の方から凄まじい破砕音と振動が伝わってきた。
水神さまが何かをした様子はない。
また、何かの破壊が発生したらしい。爆音と振動が迸る。
そして、悲鳴。
「エメリィだ! エメリィ・ロスが出たぞ!」
魔物を相手にも怯まない胆力の騎士が、この世の終わりにおののくような、悲痛な叫びを上げた。
まさか、ウソだろ?
その名前を耳にした瞬間、俺の呼吸と心臓も止まった気がした。
傍らのテオドールを見ると、顔面蒼白の面持ちで放心している。多分、俺も同じ顔をしているのだろう。
《エメリィって、あのエメリィ!? 二人とも、逃げてッ!》
通信越しのエリシャも叫んだ。
だが、この状況では逃げるに逃げられない。
そしてとうとう、その人物は俺からも目視できる位置に現れた。
まず、血のように真っ赤に染めたロングヘアーが目を引く。スラリとした長身を高級スーツに包み、足の長さを強調するかのようなニーハイブーツを穿いている。
遠目からみれば、何処かの女社長だとかのキャリアウーマンに見える。
だが、こいつこそが“人類最強”の称号をほしいままにする“男”……エメリィ・ロスなのだ。
その手には、船でも停めて置く為の物かと言いたくなるほどに太い鎖が握り締められ、その鎖にガンがら絞めにされているのは、コバルトブルーの身体を持つデーモン……つまりは魔物だった。
さっきから、街の方を蹂躙していたのは、エメリィから抜け出して暴れようともがく、こいつの仕業だったのだ。
エメリィは、人類で唯一、魔物を“飼育”している男だった。
腕力任せで押さえつけているのを“飼っている”と認めても良いのなら、だが。
しかし、待って欲しい。
奴は、社会的には化粧品会社の社長でしかなく、騎士団の邪魔をする理由がない。
水神教とも利害関係はない筈だ。
もしかして、逆に加勢しに来たのでは?
「待ちな、フライ准将! その魚はアタシがペットにしたいから、頂いて行くよ!」
魔法による拡声も無く、純粋な声量だけで、この一帯全てに宣告を下した。
42歳。円熟した男の、精悍なバリトンだった。生で聴くのは初めてだ。
「ダメだと言ったら?」
准将が、すげなく返すと、
「アンタら全員殺す!」
ダメだ、敵だった。
もう、終わりかもしれない。
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