マジクック。~マジックアイテムを料理するスキルがパーティでは要らない子だったので隣国に移住したらお偉いさんの目に留まって軍の食堂で働き世界を獲る事に~

聖竜の介

第1話 消極的追放

 ーー天により、我々は皆等しく“魔”を授けられた。 神魔の祖ネベロン一世

 ーー人が人であり続ける限り、この世から魔物は消えない。 ジョージ・フライ准将

 


聖歴2050年


 外を行き交う車の走行音が、他人事ながら耳障りだ。

「差引きで1,100枚銀まいぎん……ウソだろ」

 “パーティ”の事務員・ドロシーから渡された明細書を見て、俺ーーアルシ・ヌルミは愕然とした。

 1枚銀の価値は、ジュース一本分くらいに思ってくれれば良い。

 つまり、命を張って魔物と殺し合った俺の1ヶ月に対する対価が、100枚銀紙幣11枚分だと言うのだ。

 先月までは、色々差っ引かれても1,600枚銀は残っていた。それでも、俺の生活はカツカツだったくらいだ。

 こんな収入では「死ね」と言われているのと同じだ。

 内訳にざっと目を通すと、理由がわかった。

 先月までよりも“魔法経費”が半額以下に削られているのだ。

 この世の魔法とは、一人一人の“癖”によって性質が違う。

 人によっては、魔法を発動する為の“起点”として魔石だとか薬液のような物品を消耗する場合もある。

 業務遂行の為の必要経費として支払われるのが、この魔法経費と言うわけだ。

 そして俺の魔法は、その“消耗品を著しく使う”タイプのものだった。

「アルシくん? 明細書、どこかヘンだった?」

 ドロシーが、心底わからないと言う様子で俺の顔を覗き込んで来た。

 栗色のセミロングを真っ直ぐにおろし、少女の頃の幼さを仄かに残した……そんな面差しにも関わらず、不思議なことに眼鏡とスーツが似合っている。

 こうも近いと、自己主張し過ぎない香水の匂いが鼻腔を掠める。

 正直俺は、微妙に彼女がいいな、と思っている。

 もう少し、稼ぎがあればアタックしたかもしれないが……。

 ま、まあ、彼女を責めても仕方がない。

 パーティ事務員の仕事は、リーダーから下りてきた事務仕事を処理し、魔法で明細書などを印刷して、俺達に渡す事。彼女は、それを忠実に全うしたに過ぎない。

 だが。

「魔法経費の手当てがガタ落ちしている。何か、理由は聞いているか?」

 俺はさりげなく一歩退いてから、何でもなかったように話題を戻した。

 確かに、パーティ活動において、こうした経費や手当てと言うのは経営側の言い値による所が大きい。

 浅学な俺にはわからないが、それなりに複雑な計算や相場があって、パーティの財力の範囲内で額が決められるのだろう。

 それにしても、常識と言うものはある。

 それも“Aランク魔物”の殺害に参加した利益分配としては、ジョークにすら思える。むしろ、今回に関してはボーナスがあるとすら思っていたのだ。

「メルさんも、レインさんも、特に何も言ってなかったなぁ。この後のミーティングで聞いてみたら?」

 メルとは、メルクリウス・フリード。このパーティのリーダーだ。

 もう一人のレイン・ベルモーゼは、その腹心と言った所か。公言こそしていないが、プライベートでもデキてるのは間違いないだろう。

 パーティは、この二人が共同経営と言う形で運営している。

 とにかく、どういうつもりなのかを、

「アールシくーん! なにしてんのー?」

 背後からタックルのように抱き付かれ、俺の思考は霧散した。

 振り返れば、芝生のような短髪の男が俺の顔を覗き込んでいた。

 ウォルフガング・ベーレントことパーティでは“子犬のウォルフ”と慕われている男だ。

 親から貰ったウォルフガング(狼の闘争)と言う名前を鼻にかけているようで様になっておらずパーティでは“ワン公”と言うあだ名が定着している。

 その所作は、とても俺と同い年(25歳)とは思えない。

「もうミーティングはじまるよー? 早くいこーよー」

 そう言って、ウォルフガングは俺を強引に引っ張っていく。戦闘時は前衛を務めるだけあって、強い牽引力だ。痛い。

「あっ、ドロシーさん!」

 キラキラ目を輝かせたウォルフが、ドロシーに呼び掛ける。

「メルのアニキが今夜、サビリア通りを歩かないか? とドロシーさんに聞いてたよ! よくわかんないけど、伝えたからね!」

「えっ、ウォルフくん、それホント?」

 満更でも無さそうな様子で、ドロシーが喜びをあらわにする。

 ウォルフガングは良く分かっていないらしいが、明らかにデートの誘いだろ。

 畜生。

 

 

 メルクリウスのパーティ“don't mind”は、6人編成が2隊から成る。

 俺は、その11人と事務員のドロシーが揃っている中で口火を切った。

 当然、経費に対する質問だ。この際、Aランクと戦った者にあるべきボーナスについては後回しだ。

「あー、その……オレの甲斐性のなさ、だな。すまねぇ」

 リーダーのメルクリウスが、歯切れ悪く言った。

 ラフに伸ばした茶髪と無精髭が汚ならしく見えないのは、精悍な細面のなせるわざか。

「甲斐性もなにも、今回、Aランク魔物の“火龍”を殺した報奨金はかなりのものだったし、火龍自体からも稀少な素材がしこたま採取出来たはずだ。

 確かに俺の魔法は皆ほどの貢献をしていないかも知れないがーー」

「そんなコトはねえよ。皆、全てを出し切ったとオレは思っている」

「話を逸らさないでくれ。俺は必要以上の報いを求めてない。魔法経費すら満足に出ないと、生活できないと言ってーー」

「カネなんていらないよ!」

 話の舵を戻そうとした俺に、ウォルフガングの啖呵がかぶさった。

「ここの皆で、おんなじ夢見てさ、うれしいこと分かち合うだけで、オイラは充分だと思うよ!」

 今時“オイラ”と言う一人称が、今は鼻についた。

 夢を食べれば生きていける。

 そう言って過労死を出した一般企業を、俺は知っているぞ。

 まして、魔物戦は命のやり取りだ。

 今時、こいつみたいな綺麗事を抜かす奴なんていないし、経費さえまともに出さないパーティと言うのもあり得ない。

「私だって、得物が弓の関係で、矢を大量に使っているけど」

 金髪ショートに、冷たい感じのする顔立ちの女……こいつがメルクリウスの共同経営者で第一夫人とでも言うべきレイン・ベルモーゼだ。

「それにした所でブラックボックスだ。互いの稼ぎなんてわかりゃしない。

 今日日、パーティ活動の報酬でも、明確な基準に基づいた一定の査定は行われている。その辺りを一度明らかにして欲しいだけだ」

「大手と一緒にしないでくれる。うちもまだまだ小規模だし、何より慈善団体ではない」

 言外に「消耗型の魔法起点を特権にするな」と言っているようなものだ。

「先月までの経費が本当に妥当だったのか、君が数字で証明しては?」

 どこからか声があがる。

 全くの詭弁だ。それこそ、言い値を吹っ掛けてやろうか。

「レインもワン公も、アルシを責めるな。経費を満足に払えていない、オレの情けなさが招いた事だ」

 俺の言っている事が悉く滑り去っている。

 俺はただ、このままでは野垂れ死ぬと言う絶対的な現実を言っているだけだが、もはや誰もそこを問題にはしていない。

 こう言う事なのだろう。

 過去にも何人か、レインと口論となって“自発的に”パーティを去っている。

 この場において、メルクリウスもレインも誰も、俺を役立たずだとか戦力外だとか言ってない。

 俺の“我儘”に対して、それぞれの対応を律儀にしているだけ。

 俺も創立時からのメンバーだ。

 パーティには愛着があったし、違和感と同時に仲間意識も持っていた。

 けれど、終わりだ。

「わかった。今日限りで俺はパーティを抜ける」

 

 

 

 ちなみに、パーティからメンバーを追放した場合、リーダーはその人数と理由を国に申請しなければならず、募集の際、要項への記載が義務付けられている。

 依然“don't mind”の追放事例は0件だ。

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