二日目 ハンカチと名前

「はぁ…」


  新学期の楽しい学校への登校中、俺は小さな憂鬱に迫られていた。なぜなら、結局学校に着いてからも彼女に近づく機会はなくハンカチを渡すことができなかったからだ。

 それだけならまだ構わないが、彼女は隣のクラスにいて、既にアイドルのように生徒たちに囲まれていたのだ。

 あの中に飛び込む勇気は流石にない…。


「これ、絶対困ってるだろうなぁ…」


 気合を入れて洗濯をしてアイロンまでかけて来たハンカチを眺めていると、いつの間にか最後の丁字路まで辿りついていた。

 ここを曲がればバス停がある…っ。

 特に意味もなく立ち止まり、深呼吸してから一歩踏み出してバス停のほうを向くと、そこには昨日と同じ美少女の姿。

 今日は、スカートから伸びる細く長い脚に

目が奪われてしまった。

 しかし、ふと我に返った俺は慌てて視線を逸らし、自然を装ってベンチまで歩く。

 なに照れてるんだ俺…。


「あ、あの…」


 本を読む彼女の手前に立ち、勇気を出して声をかけてみたが反応がなかった。よっぽど集中しているのだろう。だが、ここで諦めるわけにはいかない。


「あの!橋本さん!」


 彼女はビクッと背筋を伸ばすと、視線がゆっくりと本から俺の方へと上げる。


「私、ですか?」

「橋本優奈…さんだよな?」

「はい。どうして私の名前を?」

「えっと、これ、昨日落としていってたから」


 ポケットからハンカチを取り出してそれを渡すと、彼女の表情は一変してものすごく明るいものになった。手を伸ばして、ハンカチを手に取って彼女が言う。


「…これ、本当に大切なものだったんです。ありがとうございます」

「そっか、よかった」

「あの、あなたの名前は……?」

「俺は一年のたちばな春希はるき


 そう答えると、彼女は視線を落とし、頬を赤らめてボソリと何かを呟いた。


「——やっぱり、いつまでたっても橘くんは優しいんですね」

「えっ?」

「あ、バス来ましたね。ハンカチ、ありがとうございました。このお礼はいつか必ず!」


 彼女は俺にペコリと頭を下げて、逃げるかのようにしてバスに乗り込んだ。

 なんて言ったんだろ…?

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