俺ときみの1日25分

寧楽ほうき。

一日目 バス停と隣の人

 今日は高校の入学式だ。緊張しているのか胸の鼓動が高鳴っているのが分かる。

 学校まではバスを使って十五分かかる。

正確には、バス停まで歩いていく十分間を合わせれば二十五分だが。

 のんびりと日に照らされて輝く道を歩き、最後に丁字路を左折するとそこにはバス停がある。

 綺麗なベンチが並び、屋根までもつけられているそこには先客がいるようだった。

俺と同じブレザーを着て、黒のローファーを履いている女子。長くて艶のある黒髪とその大人しそうな雰囲気に心を惹かれたのか、俺は息をのんだ。

 彼女はそんな俺に気づくことなく、何か本を読んでいるようだった。

——三年生くらいかな。

どう見ても一年生のようには見えなかった。

 そんなことはさておき、俺は彼女と少し間をあけた所にゆっくりと腰を下ろした。学校指定の肩掛け鞄に慣れていないせいか肩が痛む。


「ふぅ…」


 あからさまに自身の存在を意識させるかのようにひと息ついてみたが、彼女の視線が本から離れることはなかった。

 ペラリとページをめくる細くて長い指と、黒のハイソックスから気品が漂う。

 俺はポケットからスマホを取り出して、視線を彼女から画面へと移し、時間を確認した。

——あと十分くらいか…。

 現在の時刻は八時五分。

俺が乗るバスの到着時間よりも十分早い。

今から十分間、無言の美少女との空間で過ごせると喜ぶべきなのだろうか。なぜだか俺は彼女のことが気になって仕方がなく、喜ぶというようなそんな軽い感情は浮かんでこなかった。

 とにかく、彼女を意識している自分を誤魔化すかのようにスマホをいじった。メールを開いては閉じて、開いては閉じてを繰り返していて十分が経ってしまった。

 隣で読書をしていた彼女は、本をカバンにしまってスクッと立ち上がり、バスに乗り込んだ。その際にヒラリと何かが落ちるのが視界の端に映った。それは純白のハンカチで、端の方に文字が刺繍されていた。


橋本はしもと優奈ゆうな…」


 ボソリと俺がそう呟く頃には彼女は席についていて、その場で返すことはできなかった。どうしようかと慌てる俺をバスの運転手が急かす。


「乗らないんですか?」

「あっ、乗ります!」


 彼女は一番後ろにある一人席に座り、再び本を読んでいた。俺はその場所とは真反対の一番前で、つり革を掴んで立っていることにした。

 チラリと視線をよこしたポケットの中にしまったハンカチに意識が向いてしまう。

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