フェルミのメリークリスマス

神夏美樹

フェルミのメリークリスマス

 さらさらと降り続く雨は夜更け過ぎには雪に変わるかもしれない。ラニーニャ現象の影響で、日本は強烈な寒波に見舞われ例年にない強烈な寒さのクリスマスイヴを迎えている。

クリスマスイヴ、バブルの時代の恋人たちは高級ホテルのレストランで食事を共にし、最上階のバーで愛を語り、そのまま部屋に消えて二人だけの世界で愛し合う。儚い夢のような時代は終わりを告げて、今や自宅で鍋パーティー。味気ない時代になったものであるが、そこに輪をかけて味気ないイヴを過ごす女二人がいた。聖(きよ)しこの夜というのに仕事しめきりに追われ色恋沙汰など一切無し。それでも、その生き方に不満はない、何故なら自ら選んだ生きる道だからだ。突っ張ることがたった一つの勲章なのだ。

この物語は、そんな二人がクリスマスイヴに体験した信じられない事件の物語である。

                   ★

「先生は宇宙人っていると思います?」

「宇宙人は存在するか?、そんなものはモチのロンでございますわ、存在しているに決まっておりましてよ」

「じゃぁ、なぜ、その痕跡を掴むことができてないんでしょうか?知的生命体が住める星なんて宇宙には掃いて捨てるほどあるんでしょう?」

「そうですわねぇ、そう言われると困ってしまいますわね」

 先生と呼ばれた女性の名は神夏美樹かんなみき。SFやファンタジーを中心に作品を執筆活動をしている小説家である。いつも創作意欲爆発で、担当編集者『瑛子えいこ』と電話での打ち合わせ真っ最中だった。

「瑛子ちゃんはフェルミのパラドックスってご存じかしら?」

「う~、ちょっと知りません」

「これはイギリスの物理学者、エンリコ・フェルミさんの発案で、高度な地球外文明が存在する可能性はこれまでの観測結果から非常に高い筈なのに、そのような文明の痕跡が全く見つからないのはなのはなんでやねん、という謎を解くための思考実験のことですの」

「フェルミさんは関西出身なんですか?」

「ローマ出身ですわよ、どうしてですの?」

「……いえ、別に大した疑問ではないです」

「変な瑛子ちゃん」

 変人に変人と指摘され、瑛子はあからさまにむっとする。そのオーラは受話器を通して神夏にも伝わったようだが、彼女にはそのオーラの意味を理解できなかった。

 瑛子は常々思っていた、神夏美樹は筋金入りの変人であると。例えば、とんでもない出不精で、二週間くらいは平気で自宅に引き籠る。それは、いわゆる引き籠りではなくて、家にいるのが好きなのだ。食料が尽きたり、どうしても外に出なければならないときは外に出る、究極のインドア派なのである。また、自動車教習所に三回通った経験がある。そして三回とも卒業できなかったのだ。学科は何とかなるのだが、実技がめちゃめちゃで所内ではクラッシャーと呼ばれたこともある、なぜか?教習中に教習車を三台お釈迦にしたりしたことがあるのだ。しかも、コース内で、である。しかし、いまでも運転免許取得を諦めていないらしく、虎視眈々こしたんたんとチャンスを伺っているらしい。

「それでね、なぜ地球外文明と接触できないか。一番簡単な理由はこの宇宙には文明を築いた星が地球しか存在しないという説ですわ」

 瑛子は再び一瞬黙り込む。

「なんか、身も蓋もないですね。でも、生命が生まれる可能性がある星は宇宙に沢山あるって聞いたことありますけど」

「可能性だけで生命が生まれるとは限りません」

「何故ですか?」

「そうですわね。生命が生まれる現象というのは物凄く奇跡的なことなのかもしれませんわよ。例えば、水を張った25メートルプールにバラバラに分解した懐中時計の部品をばらまいて、4億年たったら元の懐中時計に戻ってる、それくらいの奇跡かもしれませんんわよ」

「先生、生命になりえるのは有機物であって、金属では無理だと思うんですが……」

「あら、どうしてですの?組み合わせ次第では生命になるかもしれませんわよ。否定は進歩を阻害しますわ」

 強引な神夏の理論に瑛子は思わず電話を切りそうになってしまったが、そこはぐっと堪えなければいけない。なぜならば、仕事だからである。

「でもまぁ、これだけ広くて可能性がある星が山ほどあるのですから文明がある星が地球だけなんて考えるほうがナンセンスですわね」

 だったら屁理屈こねるなと瑛子は心の中で毒づいて見せた。

「それでも見つからないのには明確な理由があるはずですわよね」

「はぁ……」

「その理由をかんがえるために、旧ロシアの天文学者、ニコライ・カルダシェフ博士はその惑星の文明を三つのタイプに分類して考えることを思いつきましたの」

「三つのタイプですか」

「ええ、文明の進歩度を評価するもので、カルダシェフスケールと呼ばれてますの」

「タイプ分けすればで進歩度がはっきりわかりそうですね」

「まずタイプ1、これは惑星文明と呼ばれて、その星のエネルギーをすべて使える技術力がある文明かどうかという分類ですわ」

「地球はまだそんなことできてませんね。石油やら石炭やら原子力やらでもめてますからね」

「でも、ニ~三百年後には、できるんじゃないかっていわれてますの。そして、タイプ2は太陽、つまり、その星系の主たる恒星から発せられるエネルギーをなんらかの形で全て使い方こなすことができているかどうかという評価ですわ。これを達成できている文明を恒星文明といいますの」

瑛子はこの説明をイメージすることができなかった。

「太陽光発電みたいなものですか?」

「いえ、そんな効率が悪いものじゃなくて、具体的に言いますとダイソン球ってご存じ?」

「吸引力が強力だったり、羽が無かったりするやつですか?」

「う~ん、ちょっと違いますわね。ダイソン球というのは太陽を卵の殻のように囲み込んでエネルギーを吸収できる設備を建設してそこからエネルギーを取り出す方法ですわ」

「そんなことできるわけないじゃないですか」

「そうですわね、私たちの地球では当分できそうにありませんわね。でも、未来の技術なんて分かりませんよ、意外とあっさりできちゃうかもしれませんわね。ちなみにこれができれば現在地球で使われてる全エネルギーの百兆倍のエネルギーを得られるそうですわよ」

「百兆、凄いですね」

「更に、タイプ3は、銀河系すべてのエネルギーを使いこなすことができる文明のことで、銀河系の多数の恒星にダイソン球等を設置して、数多の惑星に居住地を設けてる文明のことを言いますの」

「それこそ絶対無理じゃないですか」

「ですわね。さて、もしもこの宇宙にタイプ3を達成できた文明があるとしましょう。もし、そんな強大な文明があるとしたら、いくらなんでも気がつくじゃないですか、これだけ宇宙の観測技術が発展してるんですから」

「ひょっとしたら宇宙征服とかに乗り出してるかもしれませんね」

「でも、その気配が感じられなかったとしたら、そんな文明はまだ無いって考えるのが自然ですわ、めちゃめちゃ派手なのに見つからないはずありませんもの」

「スターウォーズはまだまだ先ということですね」

「そこで問題、じゃぁなんでそこまで発展した文明が存在しないのか、ひょっとしたらそこに至るまでにはこの三つのタイプの間にものすごく大きな障壁があるんじゃないかしらという考え方ですの」

神夏は少し間を置いてから、重大な秘密を打ち明けるような重々しい口調で更に続ける。

「その障壁のことは『グレートフィルター』と呼ばれてて、このフィルターを突破できてるかできていないかが、地球外生命体がいるかいないかの分かれ道になりますの」

「地球人の文明の進化がなんで地球外生命体の可否に関係するんですか?関係ないような気がするんですけど」

「もしも、地球人の生命や文明の進化の過程のどこかに大きな障壁があるとしますわね、その障壁を人類は乗り越えて今の文明に至ってると考えた場合、人類はこの銀河系最高の知的生命体という事になるって考えられません?」

 瑛子の頭の周りを大量のハテナマークが覆いつくす。

「ちょっと意味が理解できないんですが……」

「つまり、タイプ3の文明が存在しない以上、他の文明は何らかの理由でことごとくグレートフィルターを突破できていない、すべての文明は地球の文明より進歩していないという事ですわ」

「……あ、なるほど」

「そして、もし、人類がグレートフィルターを乗り越えていない場合は、タイプ1からタイプ3の文明に進化するいずれかの過程に障壁があると考えられますわ。こう考えた場合は、人類は銀河系内ではありふれた存在で、珍しい存在ではないという事になりますわね。従って、全ての文明は宇宙に乗り出す技術力なんか持ってない、従って地球外文明の痕跡そのものが存在しないという事ですのよ」

「科学技術とかその他雑多な理由が邪魔してるってことですね」

「その通りですわ。だいたい、下手に進歩した文明は滅びる確率が増えるんじゃないかっていう考えもありますわね」

「滅びちゃうんですか?」

「ものすごく強力な兵器が発動されたりAIに乗っ取られたり最強のウィルスがばらまかれちゃったりとか偶発的にせよ、そういう事態って考えられると思いません?」

 瑛子は少し考えこむ。そんな強力な自滅行為は厳重な管理下に置かれてちっとやそっとでは発動されることはないのではと考えた。しかし、今の地球の状況を考えてみるとひょっとしたらあり得るのかなとも考えた。特に、核兵器なんかは意外と簡単に使用されるのではないかという考えがよぎる。

「おそらく、文明はある、宇宙人もいる、でもまだみんな未熟すぎるという事なのでしょうね。よく考えてみれば文明なんて138億年前のビックバンからよ~いどんで始まったんですもの。団栗どんぐりの背比べなのかも知れませんわよ」

 神夏の言葉に瑛子は何となく安堵した。少なくとも地球人類は孤独ではなく、全てはこれからなのだと思えたからだ。

「先生、なんか、良い話を聞かせてもらった気がします」

「ありがと、じゃぁ、改めてお仕事の話をしましょうか」

 神夏がそう言った瞬間、電話の向こうからガシャーンという破壊音と共に瑛子の悲鳴が響き渡る。

「ど、どうしたの、瑛子ちゃん!!」

「せ、先生、部屋の中に何か飛び込んで来ました」

「まぁ、車か何かの暴走かしら?気を付けて瑛子ちゃん」

「ち、違います、先生、サンタクロースです!!」

 神夏は受話器から聞こえた『サンタクロース』と言う固有名詞に酷い違和感を覚えた。ひょっとしたら瑛子は大怪我をしてて、意識を失いそうなのかとも考えたのだが……

「はぁっあ~~~い、めっり~く~りす~ます~」

 突然、受話器から響く聞きなれない男の声。これは瑛子が本格的にピンチなのではないかと流石の神夏も焦りだす。

「話は聞きました~、タイプ3の文明無いは間違いで~す。こうして私、ここにいま~すね」

 受話器の声の男は真っ赤な服に同じ色の帽子を被り、豊かな髭を蓄え豪快に笑っていた。彼が乗っているのはトナカイ四頭が引くソリで、後ろのキャリアには大きな白い袋が積んである。そう、その姿はまごう事なきサンタクロース、子供の頃から親しんできた姿そのものだった。

「な、何者ですの?」

 神夏は興奮のあまり受話器に向かって叫んだ。

「わったしはサンタクロ~スで~す」

「何をおっしゃいますの、サンタなんている訳ありませんですわ」

「じゃぁ、ここにいる私は誰なんですかね~」

「ただの泥棒じゃありません事?」

「ふぉっ、ほっほっほ~~~」

 サンタクロースは無意味に高笑いをして見せる。その声を聴いた時、受話器の向こうで怯える瑛子の姿が見えたような気がした。

「実は、あなた方の通信を聞いてしまいましたよ。タイプ3の文明がないと言ってましたが、そんな事はあ~りませ~ん。事実、私、そのタイプ3の文明から来ました~、サンタクロースは全員タイプ3文明の人々で~す」

「はぁ?」

「地球の人類は、サンタクロースが表れ始めたころからタイプ3の文明と接触していたのです。それは我々も望んだことで、ハッピーな出会いで~す」

 つまり、地球人はとっくの昔に地球外知的生命体と接触していたのである。その接触していた主な相手は小さな子供達。サンタクロースのプレゼントはタイプ3文明人からのプレゼントであり地球に存在するテクノロジーで作られたものではなかったのだ。子供のおもちゃなんて本気で解析しようなんて言う奴はこの世にいなかったから、サンタクロースが宇宙人だったなんて誰も気が付かなかったのだ。

 それに、サンタクロースが実在するなんて言うことも誰も本気で考えなかったからやはり気が付かなかったのだ。

「それではみ~なさ~ん、めり~・く~りすます~・ふぉっ、ほっほっほ~~~」

 サンタクロースはそう叫ぶと瑛子の部屋からそりと共に忽然と飛び去った。

「せ、先生~」

「ああ、瑛子ちゃん、大丈夫、怪我はない?」

「は、はい、大丈夫です」

 瑛子の部屋窓から強烈な光が一瞬差し込む。彼女は慌てて窓を開いて外を見ると、トナカイが引くそりに引かれたサンタクロースが飛び去って行く姿が見えた。そして、雨は雪に変わっていた。夜空にサンタが奏でる鈴の音がシャンシャンと響く。

「先生~」

「分かってますわ、この話は誰にもしてはいけませんわよ、ひょっとしたら黒服の男に拘束されて、一生お天道様を拝むことができなくなるかもしれませんからね」

「はい、分かりました」

 東京でクリスマスイヴに雪が降ったのは1965年以来のことだった。

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