神様からのメッセージ

 俺が小説の神様から才能を貰った時の話をしてもいいかな。知ってるよな? そうそう、小説投稿サイト内でたまに話題に上がる都市伝説みたいなやつだよ。ときおり投稿サイトであまり芽が出ない人間のSNSに〈小説の神様〉っていうアカウントでメッセージを送ってきて、まぁどう考えてもうさん臭い感じで、もし何も知らない状態で見たら絶対に無視する内容だよな。


〈おめでとうございます。あなたは神に選ばれました。ここをクリックすると、小説の才能を得ることができます〉


 とか、届いたのは、そんな文言だったかな。ただ俺もそれなりに小説投稿サイトで活動している期間は長いから、ついに俺のところにも、このメッセージが来たか、って嬉しくなっちゃって、さ。ただ実際に神様から才能を貰ったやつの話を聞く限り、みんな言葉を揃えて、この誘いには乗らないほうがいい、って言ってるんだよな。悪いことが起こるから、って。でも悪いことの内容を、はっきり言わないところを見ると、実際はたいしたことなくて、ライバルを増やしたくない、とか、この才能を限られた人間のものだけにしたい、とか、もしかしたらそんな理由かもしれない、って思ってもいたんだ。


 それに本当に才能が得られるなら、悪魔にでも神様にでも魂なんて売ってやる、くらいに俺が才能を欲していたのは間違いない。でも、さ。こういうことでもない限り分からないけど、魂、って大切な価値のあるものなんだよなぁ、って、いまは思うんだけど。


 で、まぁクリックして、実際に才能を得て……、


 まぁでも間違いなく才能を得た、と思うほど、飛躍的に文章は変化して、それは本当にすごいと思うよ。


 ただ、さ。


 その代わりに起こる悪いことの印象が強すぎて、嬉しいと感じたのなんて、最初のほんのわずかな時間だけだったな。なんか俺、悪いこと、って勝手に日常生活が不幸になる、とか、寿命が縮む、とか、なんとなくそんな抽象的なものを想像してたんだけど、全然違ってたんだ。


〈あなたは小説を書く能力が飛躍的に向上しました。その代わり、あなたはこれから決められた小説しか書けなくなります〉


 才能を得た俺に、小説の神様はそんなふうにはじまるメッセージを送ってきたんだ。


 それから俺のもとには定期的に、お題が届くようになった。その決められたお題を、定められた期間までに、投稿サイトに掲載しないといけなくて、で、それ以外の小説を書くことは、いっさい許されないんだ。お題に沿わない、お題がしっかりと主な役割を果たしていない小説を掲載したり、期間内に小説を書けなければ、今後いっさいの小説が書けなくなるらしくて、だから俺は従うしかなかった。


 才能があるから、って別に片手間でこなせるわけでもなかったから、新たなものをつくりだす生みの苦しみみたいなものは変わらずにあったし、さらに自分が本当に書きたいものを書いていない、って自覚が俺をさらに苦しめたよ。もう嫌だ、書きたくない、って何度も思ったけど、それでもいっさいの小説が今後書けなくなる、っていうのは、やっぱり怖かった。


 どこへ向かっても地獄、という感じだった。それでも才能を得られるならいいじゃないか、と言うひともいるだろうし、俺もそれまではそんなふうに思っていたけど、これは実際に体験した人間にしか分からない感覚なのかもしれない。悪いことが起こる、って曖昧な表現を使ったひとたちも、それを見越しての言葉だったんだろうな、きっと。


 でも、あの打ち上げ花火を見て、決めたんだ。


 実は最近のことなんだ。一週間前の話だよ。神様からお題を貰っていて、それが〈夏の秘密基地〉ってお題で、さ。俺はその時も、夏に似合うような作品を書かないといけないから頭を悩ませていたんだけど、考えても考えても何ひとつアイディアが浮かんでこなくて、真夏の夜らしさが満開の暑さにいらいらが募っていくだけみたいな感じだったよ。


 そんな時に、音が聞こえてきたんだ。花火の音だった。


 もうそんなことも忘れていたんだけど、その日は俺の住む町で花火大会が行われていて、窓の向こうに、打ち上げ花火が、舞って、散っていくんだ。夜空に鮮やかな色を成す花火を見ていると、何を書きたいかも忘れて、紡いでいる、っていうより、ただ文字を打つだけになっている自分の文章がどうしようもなく下らないものに見えてきて、俺はそれを削除して、また小説を新たに書きはじめたんだ。一応、それは〈夏の秘密基地〉に沿った内容のものだったし、神様に逆らったわけじゃないから、咎められることもなく小説を書けなくなることもなかったんだけど、あれを書いた時に、俺はこれでは満足できない、って気持ちが抑えられなくて、覚悟を決めたんだ。


 俺は自分の書きたいものは自分の力で見つけたいし、書いていきたい。俺はあの打ち上げ花火を見ながら、美しい、と思った。あの情景の美しさを、そして美しいと思った心を言葉で表現したい、と。それを阻むものが、才能、を名乗っているなら、そんなもの自らの手で捨ててやる、ってさ。


 神様に手のひらのうえで踊らされるのでもなく、小説をいっさい書かない人生を送るのでもなく、そのふたつとは違う道を俺は歩みたい。


 だから俺、あんたと、どうしても話したかったんだ。


 神の手から逃れながらも、いまでも小説を書き続けている、と噂のあんたと。

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