第2章
【2.0.0】 変わりつつあるもの。
頬をかすっていく風が冷たい。
学校を休むようになってから、いよいよ二つの季節が終わろうとしている。何もしていない間に近づいてきたらしい冬が、自転車を漕ぐ倫太郎にその現実を突きつける。
後部座席に立ち上がって、倫太郎の肩に手を置いているギンは、そんな倫太郎の気持ちも伝わっているだろうに、「はぁ。」とか「ほぇえ。」とか不思議な声が聞こえてくるばかりだ。
昨日も乗った自転車だったが、立ち上がって乗ればまた見える景色が違うのだろうか。
他の人にはギンとクロの姿は見えないはずだと言うので、倫太郎は後部座席に乗ることを許したのだが、思ったよりも嬉しそうなギンの声に満更でもない気持ちでペダルを漕いだ。
「ほんと、人間って面白いこと考えるよなぁ。」
「形を変えられないからこそ、こうやって自分たちが生きやすいように努力をしているということは認める。」
クロが珍しく人間を褒めている気がするが、未だ言っていることは倫太郎にはよくわからない。
最初は籠にでも入るのかと思ったクロは、倫太郎の肩に乗っている。重さの感じないそれに違和感はあるが、なんだか少し暖かい。異世界で何かを食べて来たらしいクロは、少し大きくなった気がしたのだが、こうして再び肩に乗せてみれば、あまり大きさは変わっていないような気もした。
「倫太郎がギンにかまけているから、腹が減っただけだ。」
倫太郎の考えを読んだらしい。耳元で、恨めしそうな声が聞こえた。
「えっ?クロって、餌とか必要だったの?それならそうと言ってくれないと。」
「違う!」
どうやらクロは、腹が減ると小さくなって、何か食べると大きくなるらしい。いや、そもそもその見た目は倫太郎がそうだと思う事で出来上がったものだと言っていた気がする。それならば、その大きさが変わるということも、倫太郎の思い込みによるものなのだろうか。
行き先はどこだか知らされていないのだが、あっちの方というギンの差す方向に向かって、ただひたすら自転車を走らせた。目的地に何があるかは、ギンにもわからないらしい。
飛んでいくこともできるらしいが、「それでは面白くない。」と、子供らしいのか子供らしくないのか、そんなよくわからない理由で、倫太郎のなけなしの体力は削られていっている。
まだ、倫太郎が知っている道であることは有り難い。まあ、知らない道に出たとしても、スマホさえあればどうにかなるのだけど。———と、お尻のポケットに刺さっているはずのスマホを一度触って、そこにあることを確認した。
ちなみに今日の倫太郎は、昨日の反省を生かして、下はGパン、上はTシャツの上にフードの付いたトレーナーを着ている。自らバリカンで刈ったいびつな髪型を誤魔化すために帽子を被り、靴もちゃんと運動靴を履いた。そんなに生える方ではないが、それでもいつの間にか伸びた髭も一応は剃った。
普通と言われれば、全く普通の格好ではあるが、今の倫太郎にとっては非日常的な格好である。こんな格好をするのもいつぶりだろうか。思い出そうとしてみても、最後に着たのがいつだったかはわからなかった。夏休みの頃には、もう既に着ていなかったことは間違いない。
久しぶりに引っ張り出した服が、着れるかどうか心配ではあったが、どうやらさほど自分の体型は変わっていないようだった。
「倫太郎、それだ。」
結構な距離を走らされて、ギンが指を差した場所は、自分が生まれた頃に建て替えられたという役所だった。あまりにもギンに似つかわしくない場所に、倫太郎は首をひねる。
「ここ?ここに何かあるの?」
てっきり違う精霊でも探しに出たのだと思っていた倫太郎は、そのいかにもお堅い雰囲気のその建物に、少々がっかりしていた。精霊と言えば、もっと自然の多い、例えば公園とか、池とかそんなイメージだったのだ。
そもそも精霊を探しに行くなんて、ギンは一言も言っていなかったのだが。
自転車置き場を探し、そこに自転車を停める。小さい頃に連れて来られたことはあった気がするが、あまり記憶に無い場所だった。高校入試の時に住民票はとったが、それは近所の支所で済んでしまった。
入り慣れていない役所という場所に、妙に緊張する。倫太郎は、なんとなく許されない気がして、かぶってきた帽子を自転車のかごに突っ込んだ。
ギンは前に来たことがあるとでもいうように、一直線に入口の方へと向かっていく。途中何人かの人とすれ違ったが、肩に黒猫を乗せているにも関わらず誰も振り返らない所を見ると、どうやら見えていないというのは本当らしい。
滑らかに開いた自動ドアを
何よりも倫太郎が驚いたのは、併設された図書館の大きさだった。目の前の案内板の1階を示す部分のほぼ半分は、どうやら図書館であるらしかった。案内板から左に目を向ければ、確かに図書館らしいものがガラス越しに見える。
「こっちだ。」
そう言って、ギンが歩き出した方向も、その図書館の方だった。
そういえば、シロに会ったのも、誰かの小説の中だったな。———と倫太郎は思い出し、今度は本の中にでも連れて行かれるのだろうかと少し不安を抱えながら銀色の頭を追いかける。
肩に乗っていたはずのクロは、いつの間にかそこを下りて、ギンと並ぶようにして走っていた。
その一人と一匹の後ろ姿は、楽しい玩具でも見つけた子供のようだった。
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