第11話 (求)ぼっちな妹が天才過ぎたときの対処法

「なぁ、マナ。どうして俺についてきたがったんだ? 図書室ならあっちにもあるだろ?」


「……あそこ、いやなこがいっぱいいる。わたし、ちかづきたくない」


「あー……わかった。これ以上は聞かない」


 どうやらマナは他の子たちと馴染めなかったタイプらしい。

 なんというか、学校のいじめ問題を想起させるな。


 いくら家族とは言え、アレだけの人数の子供が集団で暮らしていれば、そりゃ学校と同じような問題も起こり得るだろう。

 しかしこの家の教育方針から察するに、いじめられて集団行動や学びを放棄する程度の奴は不要とか平然と言ってきそうな気がするので、世話係も必要以上の介入や干渉をすることはないのだろう。


 図書室は他のみんなが通う教室のすぐそばにある。

 つまり図書室へ行く際にはどうしても彼らとの接触を避けられない。

 だからマナはずっと孤独と退屈に苦しんでいたのかもしれない。


「マナは、本が好きか?」


「……うん。もっといろんなほん、よんでみたい」


 本を読めるということは、それなりの基礎学力があるということ。

 さっきまでマナが読んでいた本は、少なくとも前世の俺が同じ年齢だったら絶対理解できずに数秒で放り投げるような内容だった。

 他に娯楽がなかったとしても、なかなかできるようなことではない。

 恐らく何度も何度も繰り返し読んで、足りない知識はどこかから学び取って補完していったってところか。


(そこに通りかかったのが、本を持ってきた俺、というわけか)


 恐らくマナにとっては逃すわけにはいかないチャンスだったのだろう。

 俺ならば、この本についてもっと深く理解していて、さらに図書室以外の本がいっぱいある場所を知っている。

 そして何より、現時点ではマナが嫌ういやなこ・・・・じゃない兄妹。

 だからこそ、意を決して俺を引き留めたんだろうな。


 などと勝手に状況を想像してみたが、まあだいたいはあっていると思う。

 ちなみに俺は普段結構早歩きなんだが、今はマナが服の裾を掴んでいるので非常に歩きにくい。

 上機嫌そうなマナを振り払うわけにもいかないのでゆっくり歩いているが、このままでは疲れた体が余計にしんどくなるだけなので袖をつかんでいる手を握って歩くことにした。


「……ぁ!」


 するとマナがやや驚いた声を上げたが、嫌がることはなくそのまま握り返してきた。

 そういう趣味はないんだが、その仕草がちょっとかわいいと感じてしまう。

 多分この可愛いは動物を撫でる時とかに感じる可愛いなんだろうけどな。


「――ほら、着いたぞ」


「えっ……とびら、ないよ?」


「まあ見てろって――よっと」


 生憎俺は正規ルートから入る方法を未だに知らないので、図書館に入るにはこうやってすり抜けで侵入するしかない。

 マナにすり抜けを見せるのは少々躊躇いがあったが、連れていくといった以上は入れませんでしたで帰るわけにもいかんしな。


 それになんというか、マナは信用してもいいと心のどこかで思い始めている。

 こういうタイプの人間は、俺の秘密をバラすことのメリットデメリットをしっかり考える傾向にある。

 俺がマナにとって必要な人間であり続ける限り、マナは俺についてのことを誰かに話すことはないはずだ。

 ちなみにソースは俺な。


「えっ、あっ――えっ!?」


「ちょっと暗くなるけど、大丈夫だからそのままついてきて」


 俺はマナの手を引き、躊躇うことなく壁に向かって足を進めた。

 先ほどフーリさんとちょっとした実験をして、俺が手に触れていて相手がすり抜けの効果を拒絶できる意思と力を持っていない場合は、俺の所有物扱いで一緒に壁抜けが出来ることは分かっている。

 だからマナごと図書館へ侵入できるのだ。


「わっ、くらい……」


 光が通っていない真っ暗な空間を前にマナが戸惑っているのを感じるが、俺がやや強く手を握ってやると、歩きを止めることなくついてくる。

 やや強引なところはあるのかもしれないが、素直に言うことを聞いてついてくるのは楽でいい。

 この年齢なら騒ぎまくる奴が大半だろうからな。


「ほーらついたぞ。大図書館だ」


「――わぁぁ……ほんが、いっぱいある!」


 マナの反応は実に分かりやすいものだった。

 巨大な空間にぎっちりと敷き詰められた本の山。

 360度どこを向いても本だらけ。

 俺ですら最初は興奮したからな。マナにも満足のいく光景だったようで何よりだ。


「どうだ。満足したか?」


「ヴェルおにいちゃんは、まいにちここにきているの?」


「あぁ、そうだよ。ま、本だけ読んでるわけじゃないけど」


「わたしも、いっしょにきていい?」


「……あぁ、うん。いいよ」


 一瞬めんどくせえとまた思ってしまったが、却下する方が面倒なことになるのは理解しているので、ここはオーケーを出しておくしかない。

 仕方ない。マナが飽きるまで毎日連れて行ってやるかぁ……

 明日、フーリさんにも相談しよう。



 ♢♢♢♢


 翌朝、俺が指定した時間と場所に、マナは余裕を持って姿を現した。

 おいおい、20過ぎても遅刻癖がなかなか直らない俺より優秀じゃねえかと思ったが、同時に遠足を楽しみにしている小学生とかはこういう時間にきっちり間に合わせるよなとも思った。


 そしてどうなったかというと……


「すごい! マナちゃんはとっても優秀ですね!」


「えへへ、やったぁ!」


「ぐぬぬ…………」


 俺があの手この手を使っても一向にできる気配がなかった魔法陣に魔力を送り込むという実践を、マナは一発でやってのけた。

 あっさりとマナを受け入れたフーリさんがあらかじめどのような仕組みで、こういうことをやればいいというのををかみ砕いて教えていたとはいえ、あっさりと魔法陣を光らせてくれたのだ。


 これには流石にショックを受けた。

 俺の【すり抜け】が原因なのは分かっちゃいるが、悔しい。


「これは魔法の教え甲斐がありそうですね! あっ、ヴェル坊ちゃんは今日も走り込みなので会場に送って差し上げます!」


「へっ――ちょおおおっ!?」


「あっ、ヴェルおにいちゃん……」


 ダークモードに入りかけている途中で、有無を言わさずフーリさんの強制転移を食らう俺。

 なんか昨日より若干近い気がする猛獣の唸り声が、俺の背筋を震え上がらせる。


「さあさあ、死にたくなかったら今日もレッツランニングですよ!」


「ひぃっ! この鬼エルフううううう!!」


 俺の背後でがさりと木の葉が揺れる音がしたのがスタートの合図だ。

 もはや後ろを確認する気すら起きずに俺はひたすら全力で前へ前へと走り続ける羽目に……


 そして地獄の無限ランニングを終えた後には、


「あっ、ヴェルおにいちゃん! みてみて! おっきなみずたま!」


「んなっ!? うそでしょ!?」


 昨日のおどおどとした印象とは真逆の満面の笑みで、マナが大きな水泡を頭上に創り出している様を見せつけられた。

 ひょっとしてこれは新手のいじめか何かですか?


 フーリさんが満足そうに頷いているのを見る感じ彼女の指導のたまものなんだろうが、異世界人として一度は魔法を使ってみたいのにお預けを食らっている俺には男泣きしてしまいそうなくらいうらやましい光景だった。


(くっそぅ……いつか必ずすげぇ魔法使って見せるからな!)


 そんなガキのような嫉妬心を燃やしながら、指をくわえて魔法を楽しむ二人の姿を眺めるのだった……








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