第7話 可愛いとか弱いは一致しないようです。

「むむむむ……」


 右の手のひらに力を籠め、左の手でその手首をつかんで支える中二病スタイルからこんにちは。

 俺の願いはただ一つ。小さな蝋燭ろうそくのような火でいいから、魔法として発生してほしい。ただそれだけだ。それだけなのに……


「――――っ、はぁ、はぁ、くそっ!」


 目を思いっきり瞑って、呼吸すら忘れるくらい全力で集中しているのに、全く成果が上がらない。

 俺が最初に感じた体の中のあの凄まじいエネルギーは、俺のタダの妄想だったのか?

 中二病の妄想が爆発した結果生まれた勘違いだったのか??


 そんな自虐が頭から離れないくらいには失敗を重ねている。

 ちなみに近くには他の魔法指南系の本がいくつも転がっているけど、どれも俺が躓いているところが基礎中の基礎すぎて全く解決に繋がらん。

 休憩中の暇つぶしに一応全部読破したけれど、魔法という感覚が一切つかめないから正直5割も理解できていないだろうな。


「――あ」


 すとん、と自然に膝が落ちた。

 全身から一気に力が抜けていくのを感じる。

 この作業、何の成果も得られないのに異様なまでに疲れるのだ。

 なんというか、台座に固定された自転車を必死に漕いでるような気分だなぁ……


「あらあら、どうやら難航しているようですねえ」


「あ、フーリさん……」


 そのまま横になろうと落とした頭を、優しくぽんと受け止められた。

 その手の主は音もなく、いつの間に現れたフーリさんだ。

 いつの間に、と思ったけど、疲れ果ててその理由を考える余裕ないや。


「ふむふむ、私の本だけでは足りなかったですか。どこで詰まっちゃったんですか?」

「えっと、この二番目の魔法陣に魔力を込めるって奴で――って、私の本? これって、フーリさんが書いた本なんですか!?」


「ええ、はい。正真正銘私が書いた本ですよ。ほら、裏表紙に書いてあるでしょう?」


 そう言っていつの間にか膝枕であおむけに寝かされた俺の顔の前に、穴が開くほど読んだはずの本の裏表紙を俺に見せてくれた。

 著:フィーリス・エリス・アールライト、と達筆な字で書いてある。

 俺の頭には一瞬ハテナが浮かんだけれど、すぐにファーストネームのフィーリスの略称がフーリになることに気づいた。


「このフィーリスさんがフーリさんってことですか?」


「そうですよ! わたしの名前、長いし小さな子たちには覚えにくいかなって思って、ここではフーリって名乗っています」


「そうだったんですか……あれ? でもフーリさんが教えているのって。武術の方だった気がするんですが……」


 そう、彼女は確か剣術の達人。魔法はあんまり使わないと言っていたはず。

 それなのになぜフーリさんは魔法の本なんか書いているんだろうか。

 という過去の本、他の魔法の本と比べて遜色ないどころか、全くの初心者からするとこれが一番わかりやすかった気がする。


「確かにわたしは剣を振る方が得意ですが、魔法技術も大きな学校で先生出来るくらいにはあるんですよ!」


「へ、へぇ……フーリさんって、すごい人だったんですね……」


「そうでしょう、そうでしょう! ふふっ、惚れ直しちゃいましたか?」


「えっ、あ、いや、そういうわけでは――」


「ふふ、顔真っ赤にしちゃって、とってもかわいいですよ!」


 ぬぐぐ……掌の上で転がされているような敗北感が半端ねえ……

 というかいくら中身が大学生でも、見た目5歳の子供にそんなセリフ吐くか普通!?

 でもくすくすと愉快そうに笑っているフーリさんはやっぱりかわいい。

 実年齢は前世の俺と今の俺を足しても届かないんだろうなって思うけど、その言葉を吐けばロクな未来が待ってないので改めて気を付けよう。


「そ、そういえばフーリさんってどんなスキルを持っているんですか!?」


「ふふ、気になります? どんなスキルだと思いますか?」


「えっとその、今日もこの前も気が付いたら現れたりいなくなっていたりしてたから、そういうことが出来るスキル、ですか?」


「おおー、よく見ていますね! 正解ですっ! 正確にはもうちょっとできることがあるんですが――よっと」


「えっ!?」


 俺の頭をやさしく撫でていた手を止めて、俺に見えるように細く白い手を上に向けると、瞬きをしている間にその手に一振りの剣が握られていた。

 膝に俺の頭がのっかっているので、フーリさんは一歩も動いていない。 

 それなのにも関わらず、どこからともなく剣を持ってきたのだ。


「わたしのスキル名は『瞬間転移』です。そのままの意味で、自分を含むあらゆる物体を一瞬で好きな位置に移動させる・・・ことが出来ます!」


「おお……」


 すげえ! やっぱり瞬間移動系の能力か!

 しかも自分が移動するだけじゃなくて、物も自在に移動させられるなんてぶっ壊れのチート能力じゃないか!

 

「すごく便利で強そうなスキルですね!」


「そうなんですよぉ! このスキルとっても使い勝手が良くて、剣を振った先に敵を移動させて首を確実に斬り落としたりはるか上空に敵を転移させて落下死させたりいろいろな使い方が――って、ぼっちゃまの前でお話しするような内容じゃなかったですねあはは……」


「へ、へぇ……」


 や、やることがえげつねえ……

 普通は移動手段としてすごく便利ってことを強調すると思うんだが、まず最初にガチ戦闘での活用方法を語り出すって……

 そんな恐ろしいことを平然と笑顔で言ってのけるもんだから、思わず背筋が震えてしまったぞ……


 フーリさんは単なる物理型エルフじゃなくて、実は戦闘狂エルフなのかもしれない。

 認識を改めておこう。この人はやばい。


「でもどこにでも一瞬で行けるっていいなぁ……フーリさんなら世界中どこでも行きたい放題ってことですもんね」


「そうですね! でも自分が認識できない場所には移動させられないので、基本は一度行ったことある場所しか行けないって感じです!」


「……ということは、上空は行ったことがあるんですか?」


「はい! 雲の上くらいならば魔法で空を飛べるので簡単に行けますよ! せっかくだから行ってみますか?」


「えっ!?」


「ヴェルぼっちゃんもずーっとここから出られないんじゃ退屈でしょうし、たまにはお外の世界に飛び出ることも立派な勉強ですよ!」


「いや、その――」


「ちゃんと捕まっていてくださいねーっ!!」

 

 予想だにしていなかった展開に戸惑いまくっている俺だが、フーリさんは俺を一旦膝枕から降ろしたかと思うと、俺の小柄な体を軽々と持ち上げて自分の胸に抱えた。

 やわらかいしいい匂い――とかそんなスケベ心が脳に届く前に、俺は雲の上へと連れ去られていた。


「うわあああああああっ!!?」


 まず感じたのは突風。猛スピードで落下していく俺たちには、凄まじい上向きの風が襲い掛かってくる。

 その風圧のほとんどはフーリさんが受け止めてくれているが、それでもヤバイ。

 次に真っ白な白い海が目に飛び込んできた。雲だ。雲の海だ。太陽の光もまぶしい。


「ヤバイ、ヤバいですってこれっ!!」


「あはははっ! どうですか! 初めてのお空の上は!」


「マズいですって! このままだと死ん――」


「あ、ちなみにここは侯爵家の真上なので脱走にはならないからご安心を!」


 そういう問題じゃねえええええ!!!

 なんで初めての外出(?)が家のはるか上空の雲の上なんだよっ!!

 ちょ、ヤバいって。空気も薄いから若干息苦しいし、俺の脳みそは全力で警鐘を鳴らして――鳴らして……ない、か?


 突然の出来事で激しく動揺してしまったが、よくよく考えれば俺はここに転生してくる前に真っ暗な世界を延々と落下し続けた経験があるんだった。 

 それに比べたら落ちること自体にはそこまで恐怖心が無くなっている、ような気がする。


「さあ! そろそろ雲の上の世界とはおさらばですよーっ!」


 頭の中であれこれ考えているうちに、気が付けば白の海面のすぐそばまで来ていた。

 待って、やっぱ心の準備が――などと口にする前に、俺たちは雲の中に飛び込んでいて、何か感想を抱く時間すら与えられないほどあっさり飛び出してきてしまった。

 一応雲の中に入る前にフーリさんが何か魔法のようなものを発動させていたおかげか、特に体に変化はなかったな。


「はいストップー! ふふっ、上空から落下の旅、どうでした?」


 何事もなかったかのように笑顔で訪ねてくるフーリさんだが、俺は息も絶え絶えだ。

 叫びまくってのども若干いてえ……


「はぁ、はぁ、死ぬかと思いました……」


「ちょっと刺激が強すぎましたかね、はは。でもほら、下見てみてください! 落ちないようにちゃんと支えてますから、ほら!」


「え、っと――おぉ……」


 雲を抜けてちょっと経った地点で停止したフーリさんは、俺に下の世界を見せてくれた。

 そういえば、魔法で空も飛べるって言っていたな。

 でも、そんなことはすぐに頭から消え去った。

 何故なら、


「――すげえ」


 ただ一言、その言葉が自然と出てきた。

 広がっていたのは、世界だ。

 この景色にどんな名前を付けていいのか分からないけれど、これは世界。

俺にとっての異世界だ。


 青色、緑色、黄色、白色……

 ありとあらゆる色を使って巨大なキャンパスに描かれた世界。

 RPGのドット絵マップを、リアルな世界で見ているような、そんな感じの光景が、俺の視界を埋め尽くしていた。


「どうですか? 世界は、広いでしょう?」


「……はい」


 前世で一度だけ、飛行機に乗ったことがある。

 その時窓から見えた景色は、世界のほんの一部。それも一瞬だけだ。

 こうやって何物にも遮られることなくじっと眺めてみると、心の奥底からさまざまな感情が湧き上がってくる。


「ヴェルぼっちゃんが見ていた世界は、この世界のほんの一部。豆粒のようなものです。この世界には、ぼっちゃんが見たことのない素敵な景色がいっぱいあります」


「…………」


「……どうですか? この世界の事、もっと知りたくなりましたか? この世界のこと、好きになれそうですか?」


 一瞬、フーリさんの顔が、真剣なそれへと変わった。

 こんなところで問いかけてくる意図は正直さっぱり分からない。

どう答えたらいいか迷うところではあるけど、とりあえず一つだけ、今この場でも答えられることはあった。


「よく、分からないけど、もっと、いろんなところへ行ってみたいなとは思いました」


 俺がそういうと、フーリさんはいつもの笑顔に戻って、


「それは良かったです! それじゃあ、そろそろ戻りましょうか!」


 一呼吸置くと、やはり一瞬のうちに俺たちは図書館の中へと戻っていた。


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