第6話 攻略本を見ても無理なものは無理

「ほうほう、壁を通り抜ける能力ですかぁ……ずいぶんと便利な能力を手に入れましたねえ」


 授業の内容は既に知っているから受ける必要がないと判断したこと。

 本が読みたかったけれど教室近くの図書室を利用するのはバツが悪かったからやめたこと。

 そこでもっといっぱい本があるところを探して歩きまわっていたらここを見つけたこと。

 これらを悪いことをした子供の用に若干あざとく言ってみた。


「ふつう鍵がかかっている部屋を目の前にして、壁をすり抜けたら入れるのになぁとは思っても、実際にチャレンジなんて絶対しないと思うんですがねえ……」


 フーリさんはちょっと呆れた様子で苦笑いしていた。

 あとついでに俺のスキルについてはとりあえず「壁抜け」とだけ言っておいた。

 バカ正直に全部話すのもなんか癪だったし、そもそも俺自身もこの「すり抜け」を全部把握しているわけじゃないしな。

 あんまり詳しくしゃべりすぎて転生者だってバレたら余計に面倒くさい。


「あはは……え、えっとその、これから僕はどうしたら……」


「ああ、わたしの要件はそれだけですから、後は好きにして構いませんよ! さっき約束した通り、別に旦那様に報告する気はありませんので!」


「その、授業とかって、これからも出なくてもいいんですか?」


「うーん、ヴェル坊ちゃんの年齢を考えるとちゃんと出てほしいとは思いますけれど、自分で勉強ができるならそっちの方がきっと伸びますからねえ。正直アストール侯爵家では子供が多すぎて管理が大変だから一人分楽できるとも――っと、いけないいけない。口が滑っちゃいました」


「えっ?」


「えっと、その、今のは旦那様には内緒ですよ! わたし、クビになっちゃいますから、秘密ですっ!」


「えと、その――ははっ、これで僕とフーリさん。お互い秘密を握り合っちゃいましたね」


「むむぅ、うっかり余計なことまで喋っちゃいましたねえ……ふふっ、でもこれでわたしもヴェルぼっちゃんの図書館侵入のこと、余計誰にも言えなくなっちゃいました!」


 そう言ってフーリさんは悪そうな笑顔を浮かべながら人差し指を唇に当てた。

 いちいち動作が可愛すぎる。股間に悪いのでほんと勘弁してほしい。

 実際のところ今の俺は転生先の体に引っ張られてそれほど性欲というものが湧いてこないんだけど、中身は性欲モンスター全盛期の大学生だからな。

 画面の向こう側にしかいない美少女エルフにそんなことされたら、誇り高き童帝である俺も動揺を隠しきれないだろう。


 ってか、フーリさん。ひょっとしてわざと失言したんじゃないか?

 俺が疑り深いのを考慮して、敢えて俺に自分の秘密を握らせることで信用を得ようとしたって感じがする気がする。

 ……いや、さすがにそれは考えすぎか。


「さてさて、わたしはいったん帰りますね! ごはんの準備をしなければいけませんから。ヴェルぼっちゃんもごはんの時間までにはちゃんと戻ってきてくださいね!」


「は、はい! 分かりました!」


 その言葉だけ残すと、フーリさんは俺の視界から消えた――ん? 消えた??

 ちょっと待て。え? どこへ行った?

 歩いていくわけでもなく、俺のように壁をすり抜けるわけでもなく。

 俺が意識を逸らしたほんの僅かな時間の間に足音すらなく消えたんだ。


「スキル、なのか? それともそういう技術……?」


 ま、まぁ、空を飛んだり時間を止めたりする美少女メイドがいる世界もあるからな。

 きっと彼女もそうなんだろう。そういうことにしておこう。

 

 それでえっと、俺は何をしていたんだっけか。

 

「……ああ、そうだ。魔法だ。魔法の勉強をするんだった」


 驚いて受け取り損ねた本が俺の足下に落ちていたので、俺はそれを拾い上げて軽くほこりを払った。

 そういえば不健康な生活ばっかり続けていたせいで、前世の俺だったら床に落ちた本をこんなに簡単に拾えなくなっていたな……

 成人済みの男がいきなり五歳児の体に押し込められたせいで違和感しかないなと最初は思っていたけれど、慣れてくると案外悪くもないなと思い始めている。

 人間の適応力ってすげーなほんと。


 そんなことを思いながら適当なところへ腰を掛けて、やや厚めな本を改めて手に取った。

 表紙には可愛らしい女の子が、ザ・魔法使いといったような黒いローブを纏ったイケメンに魔法を教わっている、といった感じのイラストが描かれている。

 題名は『いちからはじめる魔法学 基本はここだ!』。


 なんというか、イラストも題名も受験期の参考書を思い出させるなぁ……

 まあ魔法に関してはゲームやアニメ、漫画や小説などといった創作物の中での知識しかないから、基礎からしっかり学ばないといけないのは間違いないけどな。

 ハ〇―ポッターを見たからと言って呪文を唱えただけじゃ魔法が発動してくれたりはしないからな。一応試したけど。


♢♢♢♢


「――うむ、さっぱりわからん!」


 体感2時間ほど頑張って読み進めていたのだが、マジでわからん。

 文字が読めないとか、文章の意味が分からないというわけではないんだが、魔法を発生させるトリガーという概念がさっぱりつかめないのだ。

 俺のイメージでは漫画なんかでよくある、自分の中に眠るエネルギーを燃やして火をおこしたり水を呼び出したりする感じなんだが、どうやらそれは違うらしい。


 本文には自らの願いを魔力に乗せて精霊に届け、それを承認した精霊が世界に変化を起こすことで魔法が発生すると書かれている。

 だから俺はそれに倣って手のひらに火が発生するイメージや本が浮くようなイメージを頭の中で描いて、自分の中に眠るエネルギーを放出する感覚で力む。

 みたいなことを繰り返していたんだが、一向に何も変化が起きない。

 

 それよりも前に【やってみよう!】という項目で実践して躓くたびにその前のページを読み返してもう一度チャレンジということを続けようとしたのだが、そもそも2個めの段階でちっともうまくいかないので、まだ全体の10分の1も読めていない気がする。

 だからやけくそになって、俺が思いつく限りの魔法発動方法を片っ端から試していたんだが、いい加減疲れてきた。


 まず、一個めの【まずは自分の中の魔力を感じてみよう】は、上手くいった。

 本文に書かれていることをそのまま実行して意識を集中させてみると、確かに自分の体の中から湧き上がるエネルギーを感じ取ることが出来た。

 体の中で常にろうそくの灯が静かに燃えているような感じだ。規模はもっとでかいがな。

 

 ただ、問題はその次だ。

 その魔力をページ一面に描かれた魔法陣に流し込んで、魔法陣を光らせてみよう、というのがちっともうまくいかん。

 体の中から魔力が出ていくような感覚はあるのに、魔法陣が全く反応しないのだ。

 なぜこうなってしまうのか原因がさっぱり分からないので、先に進めない。


「くっそ……どうしたらいいんだ」

 

 せっかく異世界に来たんだから魔法を使ってみたいというのが漢心というものだ。

 フーリさんにはおすすめと言われたけれど、この本が俺に合わなかっただけかもしれないし、次は別の本を――


「……飯、貰いに行くか」


 ぐぅ、とおなかが鳴って体が空腹を訴えた。

 子供の体も案外悪くないとは思ったが、体力はまだまだ全然足りん。

 続きは明日にしよう。

 


 

 


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