第19章―温かいスープ―8

 

「本当は奴にビビってるんだろ?」



「いえ…そ、そんなことは…――!」



「無理に否定しなくてもわかる。確かに奴は怖いよな。あいつを目の前にすると、ゾッとするんだろ?」


「ぼ、僕はそんな事……!」


 チェスターは彼にその事を聞かれると焦りながら否定した。


「本当にそうか? あの話を聞いて、余計にビビってるんじゃねーのか?」


 ケイバーはニヤッと笑いながら再び質問した。



「あ、あの話って何ですか…? 僕はそんなの知りません…!」



 視線をそらしながら気づかないフリして話をそらした。


「あのジジィが最後、どうなったか聞いてないのか?」


「しっ、知りません…! 僕には関係ありません…――!」


 チェスターは彼にそう言い返すと口を接ぐんだ。



「おいおい。とぼけるのか? お前がクロビスにチクった後、あのジジィは酷い死に方をしたんだぞ。そりゃ悲惨で、ひでぇ有り様だったぜ。そんなことも知らないのか?」


 ケイバーは陰湿な笑いを浮かべるとその事を話した。チェスターはその言葉に、顔を青ざめさせながら震えた。


「自分じゃなくて良かったな。アンタはとってもラッキーだ。同僚が死んでアンタはまだ生きてる。もしクロビスにその事を話さなかったらアンタもあいつと一緒に今頃とっくに死んでた。そうだろ? アンタは自分の命のほうが惜しかった。だから見た事実をそのまま伝えた。それでいいじゃないか、アンタはこうして助かったんだから。エゴイストよりも自己愛主義者の方がわかりやすいだろう? マトモをぶっこいてもアンタは所詮はこっち側の人間だ。なら、精々ず太く生き抜く事だな。わかったか坊や――?」


 彼にそのことを話すと肩をポンと叩いた。チェスターは彼の話しに顔面蒼白になって佇んだ。彼はそこで人間の闇の部分の恐ろしさを思いしったのだった。恐怖で一歩も動けなくなるとケイバーは彼の背中を押しながら歩かせた。そして、調理室に辿り着くと声をあげた。



「ほら、ついたぞ――」



 調理室の扉の前に佇むとチェスターは息を呑んだ。ケイバーは立ち止まっている彼に後ろから文句を言った。



「ボサッとしてねーで、さっさと入れよ!」



「っ…――」



 彼に後ろから手で押されると仕方なく中に入った。広い調理場には誰も居なかった。不気味なくらいシンと静まりかえっていた。ただ何か作っている匂いが漂った。一番奥の厨房に火がついた鍋が置かれていた。ケイバーはチェスターを連れてくると誰もいない調理場で声をあげた。



「おい、クロビス。奴を連れて来たぞ?」



 ケイバーはクロビスに声をかけた。すると食料貯蔵庫の扉がバンと開いて、中から大柄な男が出てきた。男の着ているエプロンは血で染まっていた。そして、手には出刃包丁と死んだ鶏の死骸を手にぶら下げていた。その光景を見るなりチェスターは悲鳴をあげて腰を抜かして地面に倒れた。



『ギャアアアアアアアアアッッ!!』



 恐怖の余りに声をあげて叫んだ。大柄な男は、チェスターを上から見下ろすと、フンと鼻を鳴らして前を横切った。手には出刃包丁と鶏の死骸が彼に強烈な衝撃を与えた。一人で騒いでいると食料貯蔵庫の中からクロビスが現れた。


「ギャーギャーうるさいぞお前。黙らないとその舌を切り落としてやろうか?」


 クロビスは騒ぐ彼に注意すると手にトマトを持って現れた。ケイバーは中から出てきた彼に話しかけた。


「なんだよ。お前、そこに居たのか?」


「遅い! この私を待たせるとはいい度胸だな!?」


「怒るなよ。俺のせいじゃねーよ、怒るならアイツに言え」


 ケイバーは詰め寄られると彼に責任を擦り付けた。クロビスはチェスターの方に視線を向けるとトマトを床に落として彼に近づいた。


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