第15章―地に降り立つは黒い羽―4

 

 ラグエルの歌声にハラリエルは隣で耳を澄ました。天を貫くような聖なる歌声は、神への愛が満ちていた。彼は隣でその歌を静かに聴いたのだった。隣で歌を聴いているうちにハラリエルは、いつの間にか眠ってしまった。ラグエルは隣で気がつくとクスッと笑って彼を起こした。


「ハラリエル駄目だよ、寝たら起きれなくなるよ?」


「ん……ああ、ごめんねラグエル」


 ハラリエルは彼に起こされると、両目を擦って目を覚ました。


「――キミって酷いね。せっかく歌ってあげたのに聴いてなかったの?」


「ちゃっ、ちゃんと聴いてたよ……!?」


「ホントにぃ?」


「うん、ホントだよ!」


 疑う彼にハラリエルは慌てながら答えた。その様子につい笑ってしまった。


「ぷっ、あはははっ! キミってホントに面白いね!」


「ラ、ラグエル笑わないでよ……!」


「一生懸命に言うから、なんか可笑しくて」


「もう、ラグエルの意地悪…――!」


「そうだよボクは意地悪するのが好きなんだ。キミみたいな可愛い子に意地悪をするのとかね?」


 ラグエルは手を伸ばすと、そっと彼の頬を一撫でした。その愛撫にハラリエルは頬を赤く染めた。


「じゃあ、遊ぼうか?」


「え……?」


「ハラリエルは何して遊びたい?」


「うんと……」


「隠れんぼはどう?」


「いいよ、でも能力を使うのとかは無しだよ? ラグエルの場合、消えると見つからないんだから…――」


「わかってるって。じゃあ、ボクが鬼をするよ?」


「うん!」


「じゃあ、数えるよ」


「いいよ!」


 ハラリエルは合図をすると、部屋から出て廊下を走って行った。ボクは目を閉じて数え始めた。きっと彼のことだから物陰に隠れてると思った。数え終わると合図を送った。すると遠くから彼の声が聞こえた。ボクは一言声をかけると彼を探しに歩いた。数分後、宮殿の外に彼は隠れていた。それも木の高い上に登っていた。体力がない方なのに彼は意外とヤンチャな所があった。彼を見つけると下から声をかけた。


「みつけた!」


「あっ、みつかっちゃった……!」


 見つかるとハラリエルは、がっかりしてる様子だった。


「じゃあ、今度はボクが鬼だね?」


「ハラリエル。よくそんな高い所に登ったね?」


「うん。驚かせようと思って――」


「そんな姿、ラジエルがみたら怒るよ?」


「えっ!? い、いるの……!?」


「嘘。いないよ」


「おっ、驚かせないでよ……!」


 ハラリエルはボクの言葉に慌てていた。そんな所が子供らしくて可愛かった。


「そこから降りられる?」


「う、うん……! やってみる……!」


「無理しない方がいいと思うよ?」


「降りられるよ……!」


 彼はムキになると、高い木の上から下に降りようとした。でも、なかなか降りてくる気配がなかった。ちょっと怖がってる様子だった。ボクはわざと意地悪を言った。


「じゃあ、キミが下に降りてくるまで寝っ転がって待ってるよ」


「だっ、だめだよ……!」


「じゃあ、早く降りておいで?」


「うっ……!」


 ハラリエルは困った顔をしながら降りるのに手こずっていた。天使なんだから羽をつかって下に降りて来なよ? なんてボクは心の中で彼に意地悪を言った。ハラリエルは天使だけど背中に翼はない。かと言って、翼をわざと隠してる隠者でもない。じーさんが前に言っていた。彼は生まれつき、羽なしなんだと――。天使だけど羽がない。だから彼は一度も空を飛んだことがないんだ。ボクだったらそんな高い木の枝から簡単に降りられるんだけどね。彼にとっては登ることも降りることも、大変なのかもしれない。ハラリエルは木の上から降りれなくなると木の枝にしがみついて今にも泣きそうな顔をしていた。ボクは気の毒と思うと原っぱの地面から立ち上がって彼を助けに行った。背中から黒い翼を広げると、ラグエルは軽やかに宙を飛んだ。木の枝にしがみついてる彼の傍に近づくと話しかけた。


「ほら、こっちにおいで」


「ラ、ラグエル…――!」


 ラグエルはそう言って目の前で両手を伸ばした。ハラリエルは木の枝にしがみついたまま、片手を彼の方へと恐る恐る伸ばした。


「大丈夫だよ。落とさないから早くこっちにおいで」


「う、うん……!」


 差し出された手に掴まると、ハラリエルは彼の腕の中に飛び込んだ。


「わぁっ! う、浮いてる……!」


 彼は宙に浮いてる状態で恐る恐る足下を見下ろした。地面が無く、宙に浮いていた。見慣れない光景に驚くとハラリエルはラグエルにしがみついた。


「こ、怖いよ……! 落ちちゃうよ…――!」


「はははっ。もしかして怖いのかい? キミってホントに臆病なんだね。大丈夫だよ、ボクがついてるから――」


「う、うん……! 落とさないでよ……?」


「わかってるって。じゃあ、このままボクと向こうの木まで飛んでみるかい?」


「と、飛ぶの……?」


「ハラリエルは宙に浮いて飛んでみたいと思わない?」


「で、でも……! ボク怖いよ、途中で落ちたりしない……?」


「落ちたりしないよ。ほら、ボクにちゃんと掴まって」


「こ、こう……?」


「そう。じゃあ、ボクと一緒に空中散歩をしようか?」


「う、うん……!」


 ラグエルは両腕でハラリエルを抱き抱えると、空中を自由に飛んでみせた。


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