第11章―少年が見たのは―4

 

 糞味噌に言われると彼はそこでムキになった。


 畜生、人工呼吸をしろだと……!? 他人事だと思って、好き放題に言いやがって! そんなこと言われなくたってもな…――!


 ハルバートはユングの顔を見ながら、そこで迫りくるものを感じた。


 確かに早く人工呼吸をしないとユングは助からない。だがしかし、なんで俺が坊主となんか……! いや、待てよ。もしこれが坊っちゃんだったら……。


 ん? いや、今のは無し! 坊っちゃんだったら良いなとか違うだろッ!? 落ち着け……! リーゼルバーグの奴が余計なことを言うから、きっと頭が混乱しているんだ。ユングは男だけど、一応見た目は可愛い分類に入る。むしろ溺れたのがマードックだったら、俺は絶対に人工呼吸なんかしてたまるか! つまりこれはラッキーな方なんかじゃないのか?


 ハルバートはユングの顔をジッと見ながら、心の中で葛藤を続けた。


 しかし、人工呼吸とはいえでも、隊長と隊員が一線を越えていいのだろうか?ん? 一線って何だ? 人工呼吸で一線を越えるのは普通ありなのか? いや、越えちゃダメだろ! 俺はそっちの趣味なんてさらさら…――!


 余計なことを考えると、頭の中で変な妄想が突然浮かんできた。


 「ハルバート隊長、僕じゃ駄目ですか?」


「ユ、ユング……! 俺はお前の隊長だぞっ!? いいか、隊長と隊員が一線を越えるなど…――!」


「じゃあ、クロビス様だったらいいんですか……!?」


「なっ、何をバカなことを……! あいつとはそんなんじゃ――!」


 そこで焦って否定するとユングは涙を浮かべながら、か弱く抱きついてきた。


「ハルバート隊長……! ぼ、僕は……!」


「バカ野郎、それを口にするなッ!」


「だって言いたいです! どうか聞いて下さい! ぼっ、僕はハルバート隊長の事が…――!」


「ユ、ユング……!?」


 そう言って訴えてきたユングの瞳は涙で濡れていて、顔を赤らめていた。満更でもなくなると急に態度を変えた。


「――まったくとんだ小悪魔だ。大の男を誘惑して唆すなんて。なら、その悪いお口をキスで塞いでやらないとダメだな?」


 いきなり態度を変えると、ユングの顎を人差し指で上にクイッと上げて、顔をゆっくりと近づけた。キリッとした男前の表情でそう話すと、ユングは恋する瞳で彼にみとれた。


「ハ、ハルバート隊長……!」


「お前が望むなら、一線を越えてやるよ――」


『おい、ハルバート! ハルバート! 返事をせんかッ!』


 妄想の世界が頭の中で広がると、そこでリーゼルバーグの声が突然聞こえた。


「何をボーッとしているのだ! さっさとやらんか!」


 ハッとなって我に返ると、片手で顔から出てくる冷や汗を拭った。


「クソッ! 頭の中が混乱してきやがった!」


「混乱している場合かっ! お前が躊躇っているから、ユングの容態がますます悪くなっておるのだ! このままでは本当に死んでしまうぞ!?」


 リーゼルバーグがその事を言うと、彼は鬼気迫るもの感じた。ユングの顔色がますます悪くなると思いきって決心した。


「わ、わかった……! 俺も男だ! やるときはやってやる! いいかお前ら、そこで俺の度胸を見てろ!?」


 隊員達は一斉に返事をすると、そこで大人しく見ることにした。ハルバートは唾を飲み込むと、少し緊張気味の表情だった。


「いいかお前ら、このことは誰にも言うなよ! とくに坊っちゃんにだ! もし喋った奴がいたら順番にスマキにしてやる!」


 ハルバートはそう話しながらも瞳の奥は殺気だった。隊員達は、自分達の身の危険を感じるとそこで黙って頷いた。そして、恐る恐る顔を近づけると不意に彼らに向かって質問した。


「あ、人工呼吸って舌も入れるのか?」


「入れんでいい! そんなのはプライベートでやれッ!」


 リーゼルバーグが物凄い剣幕で怒鳴ると、ハルバートは言い返した。


「なっ、何も怒らなくたっていいだろ……!? 一応、今のは確認作業だ。誰が人工呼吸で舌を入れるか!」


 そう言って慌てて言い返すと、周りはヒソヒソと小声で話した。


「さすがハルバート隊長だ。そう言った所、抜け目ないなあの人。人工呼吸で舌を入れるなんて、俺は聞いた事がないぞ?」


「ああ、確認ってところが怪しすぎる。本当はまさか、やる気だったんじゃ?」


 そこでヒソヒソと話すと、隊員達は冷やかな目線で彼を見た。


 どいつも冗談が通じねー奴ばかりだ! するのは俺だってーのに畜生ッ!


 ハルバートはムッとした表情で周りを睨みつけると、さっさと終わらせようと少年に自分の顔を近づけて、唇を重ねて人工呼吸を始めた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る