第10章―決着の行く末―14

 

 く、苦しい……! 息が出来ない! こ、このままじゃ…――!


 海面に頭を押し付けられると、息すらままならなくなった。打ち寄せる荒波の中で2人が溺れていると、周りにいた隊員達はその光景に耐えられなくなると、目をそむけて上から見下ろすのを止めた。そして、誰も自分達を助けに来ないと解ると、何とか自力でこの状況から脱出しようと試みた。しかし、マードックに頭を掴まれていてどうにもこの状況から脱出することは不可能に近かった。


 そうこうしているうちに、再び海の中へと沈めてきた。さすがに息が出来なくなるとユングは苦しくそうに海の中で必死にもがいた。そして、自分の意識が段々と遠のきはじめた。薄れ行く意識の中、心の中で両親に助けを求めた。


 と、父さん助けて……! かっ、母さん…――!


 意識が朦朧としてくると、そのまま気を失うように海の中で力尽きた。するとハルバートがヴァジュラに乗って、2人を救出しにきた。錯乱したマードックをヴァジュラが口で咥えて捕まえると、そのまま海面から上へと高く引き上げた。ハルバートは海の中に飛び込むとそのまま水中に潜って沈みかけているユングの体を自分の腕の中へとグイッと抱き寄せた。そして、再び海面に彼が姿を現すとリーゼルバーグが竜に乗って駆けつけた。


『ハルバート!』


「リーゼルバーグ、早く引き上げろ!」


「ああ、わかった…――!」


 咄嗟に竜に命令するとリューケリオンは海に向かって着陸した。ハルバートはユングをリーゼルバーグの腕に預けると、空中で待機していたヴァジュラを自分の方へ呼び寄せた。そして、そのまま自力で竜の背中に登った。


「いかん、ユングが呼吸をしておらぬ……!」


「何ッ!? ちっ、手間をかかせやがって! リーゼルバーグ、俺に構わず早く上に上がれ!」


「ああ、そうだな――!」


 リーゼルバーグはその場で表情が一気に青ざめると、慌てるように自分の竜に命令した。リューケリオンは命令されると、翼を広げて海面から直ぐに離れた。そして、崖の上に着地すると隊員達が彼らの方に一斉に集まって来た。


「ハルバート隊長、ユングは…――!?」


 隊員達が彼らの方へ一斉に集まってくると、ハルバートは気を失ってぐったりしてるユングを自分の両腕に抱き抱えたまま怒鳴った。


『そこを退けお前らッ!』


 彼が物凄い剣幕で怒鳴ってくると、隊員達は慌てて一斉に道をあけた。そこにケイバーとギュータスが不満そうな顔で彼の目の前に立ちはだかった。


「おい、お前どういうつもりだ!? 俺達の現場検証の邪魔しやがって!」


 ケイバーが文句をつけつくると、ハルバートは睨みつけながら言い返した。


「お遊びはもう終わりだ。それに十分、気が済んだだろ? お前らの戯言に付き合ってる程こっちは暇じゃねぇんだよ!」


 ハルバートは冷めた目付きで彼らを睨むと、無言で2人の間を割って通った。その一言にカチンとくると、そこで咄嗟に引き留めようとした。


「おい、待ちやがれッ!」


 ケイバーが引き留めようとすると、そこでリーゼルバーグが剣先を彼に向けて立ち塞がった。


「お主、あやつの言葉が聞こえなかったのか? 時は今、一刻を争うのだ。それでも邪魔をするのなら、私がいくらでも相手になってやろう」


 リーゼルバーグはそう言って剣先を彼に向けると、そこでただならぬオーラを放った。はりつめるようなピリついた空気が辺りに漂うと、周りにいた隊員達はざわついた。リーゼルバーグが威圧しながら彼を抑えてる一方で、ハルバートはユングを地面に寝かせて心臓マッサージを始めた。


「目を覚ませ! 起きるんだ! ホラ、どうした坊主! 起きるんだ!」


 ハルバートは心臓マッサージをしながら、無我夢中で少年に声をかけ続けた。しかし、ユングは一向に目を覚まさなかった。心臓マッサージを止めると、胸に耳を当てて心臓が動いているか確めた。


「チッ、心臓が止まってるままだ! それに脈も弱い……! クソッツ!」


 ハルバートは青ざめた表情をすると、脳裏にあることを思い浮かべた。それは少年が助からないと言う最悪な予感だった。そんなことが不意に過ると、それを振り払うように、再び心臓マッサージを始めた。ケイバーはその様子を遠くから眺めながら鼻で笑った。


「まったく、何をそんなに必死になってるんだかわからねぇな。見ていてあくびが出るくらいだぜ。どうせ助からないさ、アンタだってわかってるんだろ?」


 皮肉混じりにそう言って笑って話すと、リーゼルバーグは、彼の喉元に剣先を突きつけた。そして、抑えていた感情を剥き出すと、急に大声で怒鳴った。


「黙れ外道め! でなければ貴様の喉元を切り裂いて喋られなくさせてやる!」


 感情が一気に昂ると、そこで理性すら失いかけた。ピリピリとした空気が一層はりつめると隊員達は騒然となった。


「へぇ。そりゃあ、面白い。薄っぺらい感情しかないお人形さんかとおもったら意外だぜ。俺はてっきりアンタはこっち側の人間だと思っていた。なあ?」


 そう言って陰湿な笑いを浮かべると、隣にいたギュータスに話かけた。


「ああ、そうだな。こういった奴に限って、人殺しとか本当は好きそうだよな」


 2人はリーゼルバーグの前で笑うと、自分達から一歩身を退いた。


「どうせ助からないんだ。俺達はその様子をここから見物でもさせてもらうぜ。ま、どんなに手を尽くしたところでもそのガキは手遅れだろうけどな」


 リーゼルバーグは無言で剣を下に降ろすと、蔑んだ瞳で一言言い返した。


「――お主の心は真っ黒く汚れておる。虫酸が走るとは、まさにこのことを言うのだろう。私の気が変わらないうちに早く、城に戻るが良い」


 そう言った彼の瞳は、僅かに殺気に満ちていた。ケイバーとギュータスはその場から離れると、近くにいた隊員達に声をかけた。


「おら、ずらかるぞ。俺達を後ろに乗せて、とっとと飛びやがれ!」


「はっ、はい……!」


 そこにいた若い隊員の2人は、彼らに脅されると直ぐに返事をした。ケイバーとギュータスが帰ろうとする最中、ハルバートは意識を失ってるユングに、心臓マッサージを続けて彼の名前を呼び掛けた。そして、周りを囲むように隊員達は心配そうな表情でただジッと見守る事しか出来なかった。絶望的な状態に冷たい吹雪きの嵐がダモクレスの岬に吹き荒れた――。


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