第10章―決着の行く末―13

 海の底にゆっくりと沈んでいくと、男は自分の死を覚悟した。薄れゆく意識の中で彼は、自分の愛する恋人のことを思った。最後に恋人に心の中で別れを告げると、男は力尽きたように瞳を閉じた。すると、海の上から誰かが自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。その声に男はハッとなって我に返った。フと上を見上げると、大きな竜がこっちに向かって来るのが見えた。そして次の瞬間、大きな竜に乗った少年が手を伸ばすと彼の手を掴んで海の底から引き上げた。再び海面から男が姿を現すと、隊員達は思わず歓声をあげた。ケイバーとギュータスは、その光景に瞬く間に目を奪われた。ユングは、自分のワイバーンに乗ると海の底から男を助けたのだった。少年の小さな体に一体どこにそんな力があるのか? 彼の小さな体は勇気で溢れていた。手をしっかり掴むと話しかけた。


「マードックさん、しっかりして下さい! 今助けます――!」


 少年の声に気がつくと、男は途端に暴れだした。


『たっ、助けてくれぇ! 俺は死にたくない! 死にたくない!』


 男はそこで混乱するとユングの手を掴んだままジタバタと激しく暴れた。大人の大きな力が、小さな体に重くのし掛かると、今にも一緒に海の中に落ちそうになった。その光景を見ていた隊員達は2人の異変に気がつきそこで騒ぎだした。


「マードックのヤツ、混乱してやがる! あのままだとあのチビが危ないぞ! マードック落ち着けぇッ!」


 仲間の隊員達は、崖の上から身を乗り出すとそこから彼らに声をかけた。男は寒さに凍えながら酷く混乱すると、ユングの手を掴むなり、自分の全体重をのし掛けた。大きな力に彼の体が耐えられなくなると、ユングは引き込まれるように海の上に男と一緒に落ちた。海面スレスレを飛んでいたワイバーンは、いきなり2人がバシャンと落ちると、その大きな音に驚いて上へと急上昇した。ユングは海の中に男と一緒に落ちると、凍りつくような冷たい水が体の体温を一気に奪い始めた。


「わぁっ! うっ! つ、冷たいっ……! 水が突き刺すように冷たい……! ハァハァ…! こっ、このままじゃ…――!」


 ユングは冷たい水に体の体温を奪われると、手足さえも痺れてきて、水の中で感覚さえもそこで失いかけてきた。凍えるような寒さの中で自分のワイバーンの名前を必死に呼んで呼び寄せようとした。しかし、何故かワイバーンは怖がっていて上から降りてこようとはしなかった。そこに追い討ちをかけるように、混乱したマードックがユングにしがみついてきた。


『助けてくれぇ! 死ぬのは嫌だぁ! 死にたくないぃっつ!!』


 マードックは彼にしがみつくなり、大きな声を上げて喚いて暴れた。


「マ、マードックさん落ち着いて……!」


『わぁああああああああっつ!!』


 ユングが声をかけても、彼は錯乱したまま喚いていた。そして、溺れないように必死にしがみついてくると、ユングは海の上で溺れそうになった。


「わっ……! マ、マードックさ…――!」


『死にたくない! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくないっつ!』


 彼は震える声でうわ言のように呟くと、ユングの頭をそこで掴むなり、全体重を乗せてきてジタバタと溺れながら暴れた。その様子を見ていた仲間達は思わず息をのんだ。ユングは一瞬、溺れそうになると自分の竜の名前を強い声で大きく叫んで呼んだ。しかし、ワイバーンは怯えていて今だに上から下に降りてこようとはしなかった。その間マードックは、ユングにしがみつきながら喚いて暴れ続けた。周りはどうすることも出来なくなると、最悪な事態を予感した。錯乱したマードックがユングを巻き沿いにして、一緒に海で溺れ死ぬと言う最悪な筋書きだった。何より、助けに行くものなら自分達も巻き沿いにされると言う、最悪な事態も頭の中で過った。隊員達は崖の上から2人を見下ろすと、怖気づくように誰もが助けに行かなかった。マードックが頭を掴んだまま海の底に沈めてくるとユングは息継ぎも出来ないまま溺れ始めた――。

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