第8章―吹雪の中の追跡―9

「ああ、そうさ。俺は頭のネジがイカれてるんだよ。どこでイカれちまったかもわからねーけど、俺は女を見ると犯したくなるんだ。お前に俺の何がわかる? 俺の心はとっくの昔に壊れたのさ。だからいまさらそれに負い目すら感じねー。ここに居る奴らみんな病気なんだよ。俺もアンタも、他の奴らも。タルタロスの牢獄って呼ばれるだけにあるだろ――?」


 彼は狂気を秘めた瞳であやしく笑うと、歪んだ様な心をさらけ出しながらその事を話した。ハルバートはそこで黙ると一言呟いた。


「イカれた牢獄か、確かにここはそう言った場所かも知れねぇな」


 2人がヒソヒソと話していると、側で部下の1人が突然声を上げて報告した。


「たった今あの方角から、人が動いてる姿が見えました! ハルバート隊長どうしますか!?」


「何、それは本当か……!?」


「はい、あれは間違いなく人でした! 吹雪の中ですが何か違うものがあっちの方角へと動いていたので間違いありません!」


 部下はそう言って答えると、彼の指示を待った。


「フン、まさか本当にこの吹雪の中を生きていたとはな。囚人の癖に、見上げた奴だぜ」


 ハルバートはポツリと独り言を呟くとそこで感心したのだった。ケイバーは、軽く口笛を吹くと後ろでニヤリと笑った。


「よくまあ、こんなクソ寒い中を必死で逃走するよな。普通だったら、とっくに凍えて死んでるぜ。なあ、ハルバート?」


「ああ、そうだな。ガッツだけは認めてやるか。でも、見す見す見逃すわけにはいかねー。しょーがねーが、今すぐ囚人を捕まえに行くぞ!」


 ハルバートはそう話すと、まわりにいた部下達に向かって指示を出した。


「いいか、お前達! 今から囚人を捕まえに行く! 囚人が隠れていそうな所は全て見落とすな!」


『了解!』


 彼らはハルバートの命令に一斉に返事をした。部下達は彼よりも先に、逃げた囚人がいる方角に一足先に向かって行った。リーゼルバーグは隣で声をかけるとそこで話を持ちかけてきた。


「おい、ハルバート……!」


「何だよリーゼルバーグ?」


「一つ聞いてもいいか?」


「ああ? 何だ?」


「囚人を捕まえることは分かった。でも、それは生きて捕まえるのだな? 私はできれば囚人は無傷で捕まえたい。逃げた者とは言えでも、私達と同じ人間だ。命を尊重するのは騎士として当然のことだ」


 彼の話にハルバートは突然笑い出した。


「けっ、何を言うのかと思ったらそんなことかよ? 相変わらずお前は綺麗ごとばかりだな。命を尊重するだって? 昔は同じ戦場で命の奪い合いや削り合いをしてた割りには、ずいぶんとマトモな事を言うじゃねーか。こっちは、テメーの騎士道精神になんざに付き合ってるヒマはねぇんだよ! まあ、俺も逃げた囚人には聞きたいことがあるから生かして捕まえるつもりだ。でも、勘違いするな。俺は自分の為にそうするだけだ。お前の為なんかじゃねーからな…――!」


 ハルバートはリーゼルバーグに言い返すと、直ぐに囚人がいる方角に向かったのだった。


「必ず捕まえてやる! そんときは手足を切ってでもな!」


 ハルバートは前でいきり立つと、自分の中で感情を昂らせた。


「ああ、そうだぜハルバート。囚人は逃がすなってクロビスからの命令を受けている。みつけたら捕まえて、牢屋の中に入れとけってさ。囚人が抵抗した場合は殺してもいいらしいぜ――?」


 ケイバーがそのことを話すと、ハルバートは釘を刺した。


「囚人がいてもお前らは出だしはするな、万が一って時は足を狙え! 間違っても囚人は殺るなよ!?」


「ハハッ、言うとおもったぜ。でも、そんな忠告をいちいち聞き入れるほど俺はデリケートな作りじゃないんでね。俺はよくてもあっちが先に手を出すかも知れねーだろ? 悪いが俺はアンタの命令には従えない。俺が従うのは自分の主君様だけだ。それに誰だって自分の命の保証のほうが大事だろ? 一応、忠告だけは聞いておいてやるよ」


 彼の返答にハルバートはそこで呆れた表情で言い返した。


「ホントにテメーらは血に飢えすぎなんだよ! とにかく囚人は殺すな! 俺は逃げた囚人に聞きたい事があるんだ!」


 そう言って言い返すと、ケイバーは不意に尋ねた。


「んじゃ、囚人と話したあとは好きにしてもいいか?」


「ちっ、勝手にしろ……!」


 ハルバートは部下達と合流すると、ダモクレスの岬に到着した――。


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