第5章―死と恐怖―20
長時間に及ぶ拷問を兼ねた尋問が終わると、囚人を脱獄させたのは、オーチスだと言うことが判明された。その証拠に逃げた囚人の牢屋からは彼が書いたとされる紙切れが見つかった。
字の照合をしたところ、その字は紛れもなく彼の字だった。そして、彼が囚人に脱獄の話をしてる所を新米の看守のチェスターが目撃する。
オーチスの訴えも虚しく、チェスターはクロビス達に彼が囚人を逃がしたと証言した。動かぬ証拠の数々に、彼は絶望感に打ちのめされた。いくら訴えても誰も信じてくれない虚しい現実に、彼は椅子の上で嘆くことしかできなかった。そして、悪夢のようなシナリオは彼を終局へと導く――。
「フン、小賢しい真似をしてくれたな! 貴様の行為は既に死に値するものだ! どうやって懲らしめてやろうか……!」
クロビスは冷酷な言葉を彼に言うと、その場で黒いブーツを床で鳴らして威圧した。オーチスは塞ぎ込むと、何故だと呟いて椅子の上で悲しみに暮れた。
精魂尽き果てた顔は、彼から生きる気力を奪おうとさえしていた。絶望に打ち拉がれる彼にジャントゥーユは彼が書いた紙を改めて見せつけた。
「これはお前の字だ……。まだわからないのか……? マヌケなお前は情に流されて、囚人を逃がした……。俺達を騙して裏切って……最後は墓穴を掘った……。お前は哀れでバカな奴だ……そんな奴は神様助けに来ない……イヒヒッ……。早くお前の断末魔が聞きたい……」
ジャントゥーユは不気味にそのこと話すと、目の前でそれを見せつながらニタニタしながら笑ったのだった。
オーチスは見せつけられた紙を見ると、黙って泣くことしかできなかった。怒りと悲しみに震えながら、この無情な現実を受け入れることができなかった。
彼は最後まで何故自分がという大きな疑問感に駆られた。そんな彼の疑問もまた本当の真実さえも現実にある目の前のことだけが真実とばかりにそれが物語っていた。誰も信じてくれない絶望感に彼は嘆くと、涙ながらに訴えた。
「どうか、どうか正気に戻って下さいクロビス様、昔の貴方様はそのようなかたではなかった! 昔はもっと……!」
オーチスのその言葉に彼は僅かに反応した。
「……なんだと? 貴様、今なんと言った?」
クロビスは彼の目の前に立つと、冷たい瞳で見下ろしながら聞き返した。
「貴様、もう一度言ってみろ。この私が今なんだと言った?」
オーチスは怯むが意を決して彼に訴えた。
「今の貴方様は『正気』を失っているとしか考えられません! 昔の貴方様は、こんな方ではなかった……!」
「何?」
「亡き奥様に似て貴方様は心がお優しく、穏やかな少年でした! なにゆえ貴方様を、そのような残酷な方に変えたのですか……!?」
クロビスは彼のその言葉に再びピクッと体が反応した。
「どうか今一度、正気にお戻り下さい……!」
オーチスは彼の中にある過去の幻影に必死に話しかけると正気に戻って欲しいと懇願した。するとクロビスは途端に高笑いをした。片手で自分の頭を抱えながら、肩をすくめて可笑しそうに笑い出した。
「あーっはっはははは! これは傑作だ! この私が正気じゃないだと!? お前も随分と言うものだな、優しかった私とは、いつの頃の話をしているのだ! 滑稽過ぎて言葉を失うぞ!」
クロビスは可笑しそうに笑い出すと壊れた感じで笑い続けた。そして、笑うのを止めると呟いた。
「フン、愚かで哀れなお前に1つ教えてやろう。私は正気であることを『やめた』んだ。過去の私、それはすなわち幻影だ! 貴様が、どんなに嘆いて訴えてもだ、私が正気に戻ることは無いに等しい! そして私は冷酷で非道なまでの人間となって、このタルタロスの牢獄に恐怖の支配者として君臨するのだ! そう、全てはあの方の望むままに……!」
クロビスがそのそのことを告げると、オーチスは再び震え上がった。そして、彼は嘆くと心の中で呟く――。
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