30,師
その頃、バン爺とシアンはアイリス伯領に向けて旅路を引き返していた。
道中の岩山でバン爺はシアンに言った。
「もしかしたら、
「……。」
「お前さん、ヒーリングとテイマー以外には、何の術式を使えるのかね?」
シアンは周囲を見わたすと目を閉じた。
「ふむ……。」
シアンの術式はすぐに分かった。ふたりの周りを風が取り巻き始めた。風の術式だった。
「……親父さんにこれを身につけるようにと?」
「……うん」
「アイリス伯らしいのう。風の術式は応用すれば天候をあやつることができる。あくまで理論上はじゃがな。
バン爺は空を見上げた。空を厚い雲が覆いはじめていた。マナの異常な変動を感じた馬が、なき声をあげて騒がしくなる。
「……なんと」
バン爺が“理論上は”と言ったその場でシアンは
「予想通りと言うか、図抜けた力じゃのう……。もうええよ」
バン爺がそう言うと、シアンが術式を解除し、空の雲は生き物のように散っていった。
「凄まじい力じゃが、細かいコントロールがまだと見える」
バン爺は周囲を見わたす。
「……お前さん、オドの放出でここの岩を、どれかひとつ破壊できるかね?」
シアンはうなずくと、目についた岩に右の手のひらを向けた。
シアンが目をつぶると、シアンの蒼色の長髪がなびき始めた。再び馬たちが騒がしくなる。
「……ふむ。見てるだけでオドのみなぎりが分かるわい」
目を開き、オドを解放するシアン。すると、シアンから20メートルほど離れたところにあった、大人の背丈ほどの大きさの岩石が
「ほっほ、たいしたもんじゃのう。……じゃが、ちぃと効率が悪いかのう」
シアンは不思議そうにバン爺を見る。破壊力としては申し分なかったはずだ。
バン爺もシアンのように目を閉じる。シアンと違い周囲に変化はなく、馬も大人しかった。
バン爺は右手の人差し指をたてた。その指先が青白く光る。
岩石を指さすバン爺。その方向、5メートル先にあったのは、シアンが破壊したものよりも大きい岩石だった。
バン爺の人差し指から、一筋の光線がはなたれた。光線が岩石を
岩石には小さな
「……ふむ」
オドを放出し終えたバン爺を、キョトンとした表情で見るシアン。貫通力はすさまじいのかもしれないが、破壊とまではいかなかった。
しかし、そんなシアンの困惑を気にする様子もなくバン爺は岩石を見ている。
「……バン爺さん、どうしたの?」
「そろそろかの」
「そろそろ?」
すると、岩石がぴしりぴしりと音を立てはじめた。
「え?」
貫通した穴から
「……すごい」
「何がすごいかね?」
「えっと……何がって……。」
「ふむ。まずお前さんの壊した石よりも大きかったな。じゃが、それはワシが壊れやすい石の種類を選んだからじゃ。次に、お前さんよりずっと小さなオドを使うた。じゃが、ワシはオドを一点集中させたんじゃ。……ただそれだけの事じゃな」
「……。」
「じゃが、結果は結果じゃ。……シアンや、数日前にワシがお前さんの叔父のアッシュとやりおうた時のことを覚えておるかね?」
シアンはうなずいた。
「正直、オドの総量でいえば、奴はワシなど比べ物にならんほどの力を持っておった。じゃが、結果はあの通りじゃ」
バン爺は両の手のひらを包み込むように前に出した。右手が青白く光り始める。右手から放たれる光球、それは左手で受け止められる。受け止めた光球は再び左手から右手へ放たれ、光球は右手に吸収された。光の軌道がバン爺の右腕、肩へと移動していく。バン爺は体をくねらせるとオドを器用に移動させ、そして空を見上げると、口から「ふっ」と光球を吐き出した。光球は空の彼方へと消えていった。
「……。」
見事なオドのコントロールだった。ここまで器用にオドを動かせるのは、日ごろの
シアンはバン爺が次に何を言うのか待っていた。
しかし、バン爺は何も言わずに強く足踏みをした。
すると、シアンの後ろの地面が音を立てて爆発した。
「……え?」
ふり返るシアン。
「ほっほ、どうした? 何を驚いとる?」
「え……あれ……?」
「お前さんがワシのオドのコントロールを見物しとる間に、足からオドを地面に流し続けとったんじゃよ。そしてあっちでそれを爆発させたんじゃ。どうじゃ、気づかんかったろう?」
「う……うん……。」
「天の時、地の利、人の和、戦いの時にはこれを意識しなければならん。戦うべき時を知り、そうでない時は戦いを避ける。状況を知り利用し、相手には利を取られないようにする。相手を知り、自分の事は知られないようにする。三つそろえば勝利は確実、力量の差があっても二つがそろえば五分五分と言ったところじゃろう。……そうじゃなければ、とっとと逃げることじゃな」
そう言って、バン爺はか細い声で笑った。
説得力しかなかった。シアンはバン爺がアッシュを倒すのを目撃している。父親に命じられて目指しているだけだった魔術師。努力するのは恐怖から逃れたいためのものだった。しかしこの瞬間、少年は初めて師というものを知ったように思った。
「じゃが、天の時も地の利も向こうに握られとる。せめて相性じゃが、アイリス伯はワシのことなど、もうとうに感づいとるじゃろうからなぁ……。」
「……どうするの?」
「人生ままならぬもんじゃなっ」
バン爺は笑った。不思議な
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