小さな違和感

その日は 娘の友達が家に遊びに来ていた

アメリカ育ちのその友達は

私にも夫にも

よく言えば気さくでフレンドリーなのだが

少々馴れ馴れしくもあり 距離が近い


"理沙ちゃん、凄く いい子だな"


すぐに調子に乗る夫は

戯れて懐いてくるその子に とても気を良くしていた


とはいえ その子は中学生。

無邪気に戯れ合う2人を見て ヤキモチ妬くわけにもいかず

何かこうモヤモヤする違和感を拭い去ろうと

私は大人気ある態度を振る舞っていた


気にしないフリをしながら家事をしていた私は

ふと小麦粉がない事に気がついた


"あ、小麦粉ないや。どうしよう、、買ってくるか、、、"

そうつぶやいた時


いつもなら そんな私に気付きもしない彼が

こう言った


"俺、買ってこようか?"

そう言った彼は 何故か 嬉しそうな顔でニコニコしている


??

ああ、そうか、 これが

人が来てる時だけ いい夫を演じるって

やつね、、、


そう感心した矢先に 続けて彼は信じられない事を言ったのだ


''理沙ちゃん、一緒に買い物に行く?”


娘と一緒にリビングでDVDを見ていた理沙に声を掛けたのだ


だいたい今日は 

娘と好きなアイドルのDVDを、一緒に観る約束していて その為に家にやってきたのだ


それなのに

そのDVDを楽しそうに観ているところに

なんと、そんな事を言ったのだ



 

へ???

一瞬みんなの表情が固まったのに

彼は そんな事、気にしてはいない

いや気づいてもいないようだ




彼が声を掛けたのは うちの娘にではない

うちの娘とその子、2人に、でもない

理沙にだけ声を掛けたのだ


その違和感にみんなの表情が固まった事さえ、彼はわからない様子だった




彼は時々 、

???な事を言ったりしたりする、

いわゆる空気の読めないタイプなのだけれど

さすがにこれは、、



娘は 何かこう意味がわからないような怪訝そうな顔で


"いや、今テレビ見てるじゃん!"

と理沙の代わりに答えたのだが


それに対して理沙が気を遣ったのか少し躊躇いながらも

''あ、うん、、べつにいいよ?"

と言ったものだから

彼は いよいよ 超ご機嫌になり

早々に靴を履き 行こ!行こ!と理沙を急かす始末


ノリがいい理沙も それに引きづられるように靴を履いている



その様子に慌てたうちの娘は いったんDVDを止め

自分も一緒に行こうと急いで準備をはじめた


しかし夫は そんな娘の事はお構いなしにバタバタと逃げるようにドアを閉めて行ってしまったのだ

 

娘に声すら掛けもしないで、、だ



私は 呆気にとられる娘を横目に今までの事を考えていた


こういった不可解な彼の行動は

これまでにも度々あった


その一つに

まだ私達が付き合い始めた頃

彼は彼自身の母親にとんでもない事を口にしていたエピソードがある


"彼女さぁ、水子がいる気がするんだよね"

私の事をそう話していたのだ


確かに私は 付き合ったのは彼が初めてではないし 付き合った男性も少なくはなかった

けれど それは人並み程度。


あまりモテない彼にとって その事が多少気に食わなかったのか、

そんな事を母親に言っていたのだ


しかも彼の母親というのが、ある信仰宗教にハマっていて

霊感だとか神の御告げだとか そういう事をすぐ口にするタイプだ。


そんな彼女が好きそうな話題を彼は彼女に口にしていたのだ


案の定、それを聞いた彼の母親は


"はあ?!そんな女、今すぐ やめなさい!!"

"早く別れなさいよ!"

と激怒し凄んでいたと言い


"いや、わかんないよ?ただの俺のカンなんだけどさ、そんな気がしただけだよ!"

と慌てて取り繕って宥めたらしいのだが



"あなたがそう思うんだったら、きっとそうなのよ!"

とそう思い込んで聞く耳を持たなかったといい、

私の事を完全に悪女扱いしていたそうだ



まずこの話を 後で平気で聞かせる事にも腹ただしいが

その前に 自分の好きな女の事を

水子がいそうなどと母親に言う事自体おかしいし


自分の彼女の印象が悪くなるような事を普通言うかな?と彼の人格に疑問を抱いていた



この事で もちろん大喧嘩したわけだが

この時の彼の言い分は こうだった


"いや 母親は宗教してるから 力が凄いんだ!もし水子がいるんだったら

それを供養してあげたいと思って!

君の為に 母親に相談したのに!"


開いた口が塞がらなかった。

聞けば聞くほど 頭に血が上って

怒りで 腹わたが煮えくり返りそうだった


"馬鹿じゃないの?!普通 そんな事言う??

そんな事母親に相談する男なんて聞いた事も見た事もない!"

そう怒鳴る私を

何故怒っているのかわからない様子でキョトンとして見ている


その顔といったら 捨てられた子犬みたいに

まるで自分が虐められてますって感じなのだ


、、その態度を見てたら 余計に怒りが込み上げてくるし

何故か私が勝手に怒っているだけのような気がして 馬鹿馬鹿しくもあるし


なんだろう?この感じ

このモヤモヤ

マザコン?ただのKY??


意味不明!彼の言動?

いや彼の人格?え、何、二重人格??


もうなんなの?この人!!!


ふと その時の喧嘩が鮮明に脳裏に浮かんできて 私はぎゅっと胸が締め付けらた




リビングのソファーに ぽつんと1人残された

娘の後ろ姿を見ていると 

ますます胸が締め付けられて

部屋の空気がチクチクと身体を刺してきた


娘に何て声を掛けていいかもわからず

居た堪れなくなって


"あ、やばっ、バターもきらしてる!"

"ママも行ってくるね"

たまらず私は家を飛び出してしまった


バターがないなんてもちろん嘘だ

なんでもいいから 出ていく言い訳が欲しかった


しばらく走って すぐに2人の後を追ってみたのだが 

いつも行く近所のスーパーに2人は見当たらなかった


家から歩いて7〜8分のところに小さな公園があって

公園のわきに そのスーパーはあるのだが 老夫婦が2人で営む 昔ながらの古いスーパーだ


ご主人がいつも新聞を読みながら店番をしていて

働き者の奥さんは朝から晩まで忙しそうに

商品整理をしたり 掃除をしたり

年齢を感じさせないほどに動き回っていた


それほど広くない店内は 軽く見回しただけで そこにはいない事がわかった


買い物が終わって帰ったのなら、

追いかけてきた私と出合うはずだから

ここには来なかったって事?


たかが小麦粉をどこまで買いに行ったのかしら


確かに珍しい食材を買う時、

少し遠くの大きなスーパーまで足を運ぶ事はあったが

野菜も日用品も そこだと少し値段が高い


何より家から歩いて20〜30分はかかるので

滅多に行く事はなく


前に家族で そのスーパーに買い物に出掛けた時も

彼は露骨に嫌な顔をして いつもより歩く距離に文句を言っていたのだ


もしかして そこまで買いに行ったって事?


考えれば考えるほど

彼の行動がわからなくなっていた




たかが買い物だ

ここまで深く考える事はないのだろう

私が考えすぎなのだ

もしかして 私は嫉妬深いのだろうか


いやけど、、


何故 娘は連れて行かなかった?

声もかけなかった?


小麦粉だけを買うのに 

何故 近所のスーパーではなく

遠くの大型スーパーに行った?


その前に 大の男が

娘の友達とはいえ、相手は未成年。

中学生の女の子を連れて買い物に行くかな


娘も一緒なら それもおかしくはないが

2人だけでだ

偶然のきっかけで

たまたま そんな状況になったわけではない

彼が自ら そうしたのだ



普通の常識ある男性なら こんな事はしないだろう

世間体というのがあって

誤解をうけるような行動は慎むだろう


何か事情があって そんな状況に遭遇したとしても

周りから変に思われないかと気にするだろう


彼は何か変だ




やっぱり こんなの 何かおかしいよ…


足を止めた私は 

いつの間にか その目いっぱいに溢れ落ちてきた涙に ようやく気がついた



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