たぬきが教えてくれた

モトヤス・ナヲ

第1話

 そのニュースは、学食の片隅でだべっていたRCATのメンバーに、教授から直接告げられた。ちなみにRCATというのはリサーチ・サークル・フォー・アドバンスド・テクノロジーの略で、工学技術の切磋琢磨を目指して二十年前に設立されたものの、その勇壮な名前にも関わらず、今やメンバー三人の泡沫サークルに成り下がっていた。

「今朝、大学総合ロボットコンテストから電話があって、来年のロボコンに招聘されることになった」

「ロボコンって、正月にテレビでやってるやつですか?」

「そう、学生部も宣伝になるって喜んでいる。だからみんな張り切れよ」

 教授の説明では、なぜ名誉あるロボコンへの招待などという僥倖が、この無名の文系単科大学に起きたかというと、大学総合ロボコンは、ここしばらく似たり寄ったり顔ぶれでの競い合いばかりが続き、一つにはそれでは新味に欠けるということと、また一つには技術省主催のイベントである以上、参加校の寡占化は良くないという当局側の判断によるとのことだった。この知らせを受け、RCATメンバーは奮い立つというよりは、むしろビビってしまって、さらにそのための特別な予算は降りないと訊いた時は、思わず膝から下ががくりと折れた。

「張り切れって言われても...」

と三人は声を揃えていった。


 その後三人はRCATの部室、通称「物置小屋」に戻ると、いわゆる善後策についての話し合いを始めた。メンバーの中で、何かと繊細すぎて、いろいろ気ばかり揉みがちなサトシが口火を切った。

「どうしよう、うちの実力では全国に恥を晒しに行くようなものだよ。それがテレビで中継されるなんて耐えられないよ」

ラジコン小僧出身で、これまで何台もの模型飛行機を墜落させ、撃墜王の称号をもつカズマが答える。

「いっそ、予算不足を理由に辞退するか」

サトシはなおも逡巡しながら答えた。

「学生部も喜んでいるっていってたし...困ったな」

そこに、RCATの紅一点で、こういう逆境に俄然迫力を増すアヤが、二人の会話に割り込んだ。

「ちょっと、あんたたち、何いっているのよ」

そしてまずサトシに向き直ると、

「売られた喧嘩を買わなくて恥ずかしくないの」

「...でも、喧嘩じゃないし」

次にカズマに向かって、

「予算がなければ、クラウドファンディングで調達すれば良いじゃないの」

「だって後四ヶ月を切っているんだ。クラファンには短すぎるよ」

何かと埒の明かない二人の弁解を、アヤは腕組みして聞いていたが、意を決するや否や、嫌がる二人を有無を言わさず引き摺り出し、校門の脇に幟を立てて、声を枯らして募金活動を募り始めた。もちろん成果は芳しくなかったが、やがてその話は幸運にもRCATの先輩の耳にも届くことになり、先輩有志からの寄付によって、ようやく目標額に達することとなった。


 それから三人は、昼も夜も物置部屋にこもって、ロボット制作に没頭した。カズマが動力部の設計をし、サトシとアヤが制御部を担当した。ボディは、カズマが去年完成させたRC戦車ベースのアシモフ号を改造して使うことにした。彼らはこれを「アシモフ改」と呼んだ。開発は順調に進んだが、予算不足がジャブのように効いて来た。少しずつ進捗遅れが蓄積し、やがて完全に停滞した。物置部屋では連日議論が空回りして、大会まで十日を切ると、次第に険悪なムードが漂い始めた。その原因が、制御部に搭載するAI処理系のパワー不足に起因するものだっただけに、なかなか根が深かった。このAI処理系は、車体カメラが捉えた映像を解析し、その中に何が写っているかを判定するものだった。ロボコンの競技の一つに、テニスボールと野球ボールを混ぜ、その中から野球ボールだけを探すという課題があったので、この処理が甘ければ、ロボコンに参加しても勝ち目はない。しかしこれまでのところ、サトシの作ったプログラムでは、ボールの違いは正確に認識するが、その認識にかかる時間が長すぎて、規定時間内に作業を終えることができなかった。一方で、アヤの作ったプログラムは、認識時間こそ短いが、認識の精度が低く、野球ボールと認識したものにテニスボールが混じることがあった。しかし彼らの問題を一気に解決するGPUユニットの導入は、予算が断じて許さなかった。


大晦日の夜、事態の深刻化は決定的になった。カズマがテストデータのシートを括りながら、

「こんな選別性能では予選を突破できない…」

と呟くと、それを聞き咎めたアヤが、作業机のサトシに噛み付いた。

「ちょっと、何とかしなさいよ」

サトシはアヤに向き直って、

「何とかって...きみのプログラムで何とかすれば良いじゃないか」

と負けじと言い返すと、アヤも逆ギレして、

「それができないから、あんたので何とかしなさいっていっているのよ」

サトシはその剣幕には一瞬たじろいで、

「.... 僕のだってできないよ。パワーが足りないことはわかっているだろう」

と小さく呟くと、アヤは容赦なく、

「情けないわね!あんた、二週間前と同じこと言っているわよ」

サトシは今度はひるまずやり返した。

「何だって!」

 そんな二人のやり取りを眺めていたカズマは、うんざりしながら、

「まあまあ、今日は大晦日だ。まずは年越しそばでも食って落ち着けよ」

と言いながら、テーブルに緑のたぬきを三つ並べた。そして自分の分のビニールラップを剥がすと、蓋のシールを点線まで折り曲げて、内容物をそのラップの上に並べた。カズマはそれでも何とかムードメーカになろうと、小さな蒲鉾を指で摘んで、それを二人にヒラヒラと示しながら言った。

「おっ、生意気に蒲鉾が入っている、お前ら知っていたか?」

サトシは上目づかいでそれを見たが無言。アヤに至っては、腕を組んだまま、あさっての方向を眺めたまま、これまた無言。カズマはそんな二人を交互に見つめて、呆れ顔で、

「二人とも、すっかりこじれちゃったな」

「....」

「....」

これにはさすがのカズマも堪忍袋の緒が切れたと見えて、

「もう良い加減にしろ!」

と二人のことは放っておいて、自分のカップに湯を注いだ。そして無言のまま五分の時が流れ、狭い部室にカツオだしの良い匂いが漂い始めると、交戦中の二人ともさすがにこの誘惑には勝てないと見えて、さりげなく自分の前に置かれた緑のたぬきに手を伸ばすとラップを剥がし始めた。カズマはそこに和解の兆しを見て、安心したような表情を浮かべると、カップを取り上げ蓋を外した。そして中を覗き込むと、蒲鉾を箸で摘んで一堂に示しながら、

「見ろ、さっきの蒲鉾が復活した」

というと、サトシはしぶしぶ付き合って、

「...すごいね」

しかし、アヤはなおも無言を通し、ポットから湯を注いだ。カズマは、そんなアヤをチラッと眺めてから、サトシに向かって言った。

「麺と蒲鉾と天ぷらがあれば、立派な年越しそばの出来上がりだ」

「...そうだね」

そのときサトシがタイマーが鳴り、彼の五分が終了すると、蓋を開けて中を見た。怒った分余計に腹が減っていただけに、彼は驚嘆の声を揚げた。

「お腹ぺこぺこだ」

カズマは蕎麦を啜りながら嬉しそうに答える。

「お湯をかければ蕎麦ができちゃうんだから、大したもんだよ、なっ、サトシ」

「うん…えっ?」

と言ったまま、サトシが再びフリーズモードに入った。カズマが問いかける。

「サトシ?」

サトシは凍結したまま反応しない。

「....」

カズマはうんざりした声で、

「勘弁してくれよ。今度はどうしたんだよ」

と言った。サトシはそれには答えず、しばらくしてからかすれ声で言った。

「...アヤ」

アヤは一瞬顔を上げたが、無言でスマホに目を戻した。サトシは語調を強めて、

「アヤ!」

というと、アヤはサトシを睨んで、

「何よ、うるさいわね」

サトシは、それを目で制止し、改めてカズマに向かって震えそうな声で言った。

「麺と蒲鉾と天ぷらが揃えば、年越しそばの出来上がりって言ったよね」

「言った」

「それにお湯をかけて、五分経てばすぐに食べれると」

「お前馬鹿か。どうしちゃったんだよ」

そんな二人のやり取りを退屈そうに聞いていたアヤが、突然、サトシの真意を納得したのかゆっくりと口を開いた。

「...そうよ。スープと具を入れて、お湯をかければ、おそばになる」

カズマはそんな二人を交互に見つめて言った。

「おい、どうしたんだ、二人とも」

サトシは今度こそアヤを正視した。

「きみが考えていることは、僕の考えていることと同じかな」

「うん、同じだと思う」

アヤが答えると、二人が同時に叫んだ。

「いけるぞ!」

「いけるわ!」

カズマはいまだに要領を得なかったが、二人がようやく長いトンネルをブレークスルーしたということだけは何となくわかった。

「何だかわからないけれど、とにかく良かったな。で、一体何がどうしたんだ?」

 その時二人が思い付いた解決策というのはこうだった。サトシのプログラムは正確だが遅い、しかしアヤのは早いけど精度が落ちる。そこでアシモフ改の人口知能は、まずアヤのやり方で高速に目標を絞り込んでから、その結果だけをサトシの処理系に渡す、数の方はすでにアヤが絞り込んであるので、あとはサトシの処理系が時間をかけて得意の精度を追求すれば良い。これで懸案だった精度とスピード、どちらもクリアできる。二人の良いところだけを取ることで、突破口を見い出すという妙案を、大晦日の夜更けに緑のたぬきが教えてくれたのである。


 それから三人は明後日の試合に向けてほとんど一睡もせずに、開発とテストを繰り返した。


 そして、大会の朝、雲一つない小春日和の中、三人は会場の武道館へ向かう通路を歩いていた。遠くにテレビ局のクルーが慌ただしく動いていた。そこで三人は小さな円陣を組んだ。後世まで語り継がれることになる、伝説のRCAT快進撃の火蓋が切って落とされたのである。

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たぬきが教えてくれた モトヤス・ナヲ @mac-com

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