第6話 ジャングル
琵琶湖大学附属病院心理学病棟。その名前
には聞き覚えがあった。やはり僕はここに入
院していたのだろうか。
それにしても大学病院のはずだ。こんなジ
ャングルの中に車が通れる道もなく建ってい
る訳がない。何かがおかしい。何がおかしい
のだろうか。
そうか。建っている場所がおかしいのでは
ない。経っている時間がおかしいのだ。元々
ちゃんとした場所に建っていた病院の周りに
今はジャングルが広がっている。アスファル
トの欠片さえ見当たらなかった、だとしたら
尋常ではない時間が経過していることになる
のだ。
病院の設備は生きていた。途方もない時間
が経過し、もしかしたらスタッフも全く不在
となってからも久しいかも知れないにも関わ
らず電気や生命維持設備は生きていたのだ。
電力は太陽光発電で賄っているとしても当然
劣化があるはずで、全く精度を落とさずに維
持し続けるのは不可能だろう。
もう一つ、納得いかないことがある。僕だ。
僕は院内の生命維持設備に繋がってはいたが
コールドスリープなどの設備ではなかった。
ということは普通に年を取りいずれ死ぬとい
うことだ。にもかかわらず、この病院にずっ
と拘束されていたのだとしたら、僕は不老か
不死とでも言うのだろうか。
自分が何者なのかを全く覚えていないので、
もしかしたら本当に人間ではない存在となっ
てしまったのか。
森の中は行けども行けども森の中だった。
道は勿論、森の出口も全く見当たらない。太
陽が見えないのでどちらの方向に向かって歩
いているのかも判らない。薄暗い所為で余計
に先が見えなかった。
半日も歩いただろうか。前方に少し明るい
場所が見えて来た。病院を出たのが朝、今は
昼過ぎ、ということか。
明るい方に近づくと、そこはただ木々か少
なくなって空が見えているだけだった。青空
が見える。どれだけ時間が経っていようと空
は空だった。ただ、星は位置を変えているの
かも知れない。星辰の位置が整ってしまった
のか。
星辰?なんだそれは?星の何かか。なぜそ
んな言葉を僕は知っている。星辰とはなんの
ことだ。整ったらどうだと言うのだ。
ただ明るかった場所を抜け更に進んでいる
と夜になったしまった。さっきの場所以外で
は空は見えなかった。星も見えない。明かり
が無く真っ暗なので寝ることにした。薄暗い
が日中でないと流石に歩けなかった。
目が覚めた。昨日病院で目覚めた時とは違
う。昨日は眩しくて目が覚めたが今日は薄暗
い。
今日も歩き出す。ただ方向が判らない。も
しかしたら元の場所に戻ってしまうかも知れ
ない、という恐怖があった。だが、そうも言
っていられない。歩き続けるしかなかった。
半日ほど歩き続けたとき、少しの明かりが
見えてきた。森から抜けるのだ。抜けた先に
は何があるのだろう。何かあるのだろうか。
森を抜けた。そこには街があった。ただし、
街の残骸だった。人は居ない。道もアスファ
ルトが朽ちていた。建物もほぼ原形を残して
いない。僕が目覚めた病院の方が電力が生き
ていたことも含めて異常なのかも知れない。
街は、国は、地球は全て朽ちているのか。
森の中にも動物は見かけなかった。虫もだ。
多分植物だけでは地球の環境は保たれないの
だ。動物や虫の存在は不可欠だったはずだ。
その一端が滅びたことで人類も滅びてしまっ
たのか。あの病院には僕以外の人間は居たの
だろうか。他の部屋は開けなかったので判ら
ない。もしかしたら世界でここにしか人間は
居ないのか。
木造の建物はほとんど崩れ落ちていた。鉄
骨も軽量鉄骨の建物は同様だった。重量鉄骨
などのコンクリート構造物は少し残っている
ようだ。まだ原形を少し保っている建物に入
ってみた。電柱なども立っていないので、当
然電気は通っていない。建物の中には生活物
の残材が散らかっているだけだった。家電な
どもすべて破損している。当然人は居ない。
病院が琵琶湖大学の附属病院だったので、
ここは少なくとも滋賀県のどこかなのだろう。
元々の病院の所在が判らないので街も見当が
付かなかったが田舎であることは間違いない
し街全体がそれほど大きくはなかった。
街の所在が判るような看板も見当たらない。
駅でもあればいいのだが駅のあるような街で
はないようだ。
建物を出てまた歩き出すと、それほどかか
らずに街の外れに出た。少し道路の形跡が残
っている。深い森の隙間が道なんだと思う。
道とは到底呼べないような道を進むとまた
次の街が見えて来た。そろそろ暗くなり始め
ている。どこかの建物に入って眠ろう。ちゃ
んと屋根のある建物を一つ見付けて僕は今日
の寝床を決めた。何か食べ物を見つけないと
腹が空いて仕方がない。明日は明るくなった
らまずは食料だ。
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