第6話 屍食鬼の館3
女が部屋から出ていったあと、ワレスは剣をにぎったまま起きあがった。
女に美味しくいただかれなかったことに、安堵の吐息をつく。変なウワサのある館で、これ以上、めんどうなことになりたくない。
だが、この屋敷がなんとなく奇妙なのはたしかだ。何かがある。
ほのかな事件の匂いのようなものを、ワレスは感じとっていた。しいて言えば、そこはかとなくおぼえる違和感だろうか?
あるいはその違和感の正体が、今このあたりでさわがれているウワサのもとになっているのかもしれない。
ワレスはとなりのベッドをうかがった。ジェイムズはよく眠っている。すこやかな寝息が同じリズムで続いていた。
暗闇に目もなれてきた。一人で充分だ。
ワレスはベッドをぬけだして、そっと外へ歩いていく。ろうかは暗い。が、なんとなく間取りくらいはわかった。迷うほどの広さではない。
ろうかの壁に片手をあて、足音を立てないように進んでいく。食堂や厨房にも人はいない。厨房には裏口があったが、そこの扉は内から
(耳の遠い老婆が一人いるはずだけどな?)
しばらくさまよっていると、ドアのすきまから明かりのもれている部屋があった。
「どこに行ってたんだ?」
「喉がかわいたから」
「寝てしまってたよ」
「疲れてたのね」
ディミトリとリデルの声だ。夫婦の寝室のようだ。そのあと笑い声とささやきが聞こえてきたので、ワレスはその場を去った。
念のために表口を確認したが、ここも
どこにも異常はない。
ただの森のなかの一軒家だ。何もひそんではいないし、危険なものが隠されているわけでもない。
(
まあ、それならそれでいい。
明朝、何事もなく出立できる。
ワレスはアクビをしながら、もとの客間へ帰った。
ジェイムズはあいかわらず、スヤスヤ寝入っている。さんざん怪談を聞かせて、ワレスの警戒心をかきたてたくせに、なぜこんなにも無防備に熟睡できるのだろう。そこがわからない。
嘆息して、ワレスは自分の寝台へあがった。布団にくるまると、すぐに眠りがおとずれる。次に目がさめるときは夜明けだ、そう思いながら……。
ところが、それからどれほど経過したのか。
ふたたび、ワレスは物音で目をさました。今度の音はさっきより大きい。
ハッと目をあけると、目の前に黒い人影が立っていた。ワレスたちを見おろし、しきりとブツブツつぶやいている。
「ディミトリばかりか、ほかに二人も若い男を……」
手に何か持っている。月光を受けて、それが光った。
(
見つめているうちに、男は斧をふりあげた。とっさにワレスは半身を起こしてよける。
「ジェイムズ! 起きろ!」
ブンと風を切り、斧が枕を二つに切断した。つめものの綿がとびだす。
そのすきにベッドをとびおり、ワレスはジェイムズをたたきおこす。寝ぼけながら目をあけるジェイムズの腕をひっぱって、むりやり立ちあがらせた。
ベッドの底板に食いこんだ斧を外し、男が襲いかかってきた。
こっちは剣をとりあげるヒマもない。急いで部屋からかけだす。
「な……何? ワレサ。何が起こって……?」
「いいから走れ!」
ふりむけば、斧を持つ男が追ってくる。奇声を発し、正気とは思えない。
ディミトリだろうか?
いや、だが、さっきディミトリがどうとかと独り言をつぶやいた。つまり、この男はディミトリではない。
やはり、ここは屍食鬼の館だったのか?
旅人を誘いこみ、眠りこんだすきに殺して、その死肉を食らうのか?
そんな化け物がどこかにひそんでいたというのか?
(おかしい。さっき、たしかに家じゅうを調べたのに)
暗がりのなかで逃げまどう。
何度も、危うく斧の重い切先が、背中スレスレで空を切った。
しかし、さっき下調べしていたおかげで間取りはわかっていた。ろうかのかどをまがると、ジェイムズをつれて物置にかけこむ。なかに置かれた柄の長いほうきをつっかい棒にして、扉をふさいだ。
「くそッ。どこへ行った? 寝室だな?」
男は悪態をつきながら、通りすぎていった。
「ワ、ワレサ……あれ、なんだ? 屍食鬼かい?」
ジェイムズの声は少しふるえていた。
ワレスだって愕然としていた。まさか、ほんとに屍食鬼なんてものが存在しているなんて思いもしなかったのだから。
それは今から三千年も昔の魔術全盛時代なら、そんな化け物もいたかもしれない。が、今は魔法や魔法の産物は、すっかり物語のなかの存在だ。化け物だって、大昔の英雄譚でしか見ない代物である。
(まさか、ほんとに魔術全盛時代の生き残りがいたっていうのか?)
いや、違う。
もしそうだとしたら、化け物がディミトリの名前を知っているわけがない。
ワレスは必死に頭脳を働かせた。そして、ある考えに到達する。
「いけない! ディミトリが殺される」
「えっ? えっ? ワレサ?」
「ワレスだよ。何回、言わせるんだ?」
「ごめん」
急いで物置をとびだしたときだ。悲鳴が屋敷じゅうに響きわたる。
「急げ! ジェイムズ」
「あ、ああ」
ワレスたちは走った。
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