第11話 悪夢と希望


「ほぉ、ステータスの一次強化か。だが、まだまだ虫以下だな」



悪魔デーモンは玉座で微笑む。

まるでこの餌やりを楽しんで観ているように。

【ドーピング】の効果がカウントダウンを始めた。

そう思った瞬間、目の前にいた1匹の巨大な狼が俺めがけて走り出す。



その口にはヨダレがベッタリとついており、その息遣いから餌を求める欲求が物凄く強いと感じた。



(その分、動きが読みやすい)



自分でも不思議だと思った。

なぜこのように冷静に対処できているのか。

アドレナリンが湧き出ているおかげなのだろうか。



ギャルゥゥゥウウウウ



狼はそのままの勢いで口を広げて襲いかかってきた。

俺はすかさず飛び込んできた奴の胴の下へ潜り込んだ。

高校までサッカーをやっててよかったと思う。

そうでなきゃこのスライディングは出来なかった。



「おっさんっ!!!!!」



ナオが心配そうに叫ぶ。

大丈夫。

今のところ順調だ。

このまま奴のはらわたを切り裂く。



ザザザザァザザザ



スライディングしながら奴の腹に片手剣を突き立てた。

奴の腹からは内臓という内臓が溢れ出した。

普通なら吐いてるだろう。

だが、今はアドレナリンのお陰でなんとなく大丈夫。



「くそっ、服に血がべっとりだ…」



ゆっくりと起き上がり、振り返る。

そこは巨大な狼の横たわる姿。



【レベルが上がりました】



マジか…。

この1匹だけでレベルが上がるって…どんだけこいつら強いんだよ。



「ステータス」



——————


【名前】九条 カイト 

【レベル】 6/100


【H P】 160/160

【M P】 200/200

【攻撃力】 50(+500)

【防御力】 81(+550)


【スキル】 『オーヴァーロード』(Lv.0)


—————————



いつものようにレベルアップするとステータスは上がった。

しかし、相変わらず『オーヴァーロード』は反応なし。

いつになったらこのスキル使えるんだよ。



「あと、4匹……はぁ……はぁ」



息切れがやばい。

心臓がバクバクだ。

……でも戦わなきゃ。

奴らも仲間がやられて少し驚いたのか、俺らの周りを囲むように警戒し始めた。



そして、次の瞬間2体同時に攻めてきた。

どうすればいい。

俺がこの場で避けたら、奴らは俺の後ろにいるあの子らに突っ込む。

あの子らを巻き込むわけにはいかない。



「くっ…」



……だめだ。思いつかない。

それはとっさに取った行動だった。

俺は左から噛みつこうとしてきた奴を左手で受けとめ、右側に来た奴の目を狙って剣を突き刺した。

そして左側の奴を思いっきり蹴り上げる。



グジュッ



そんな音と共に左側にいたモンスターは真上に飛んだ。



「おっさん!!!!!!手がぁっ………」



ナオが叫んだ。

よく叫ぶなぁ、ナオは。

俺は自分の左手を見る。

そこには左手と呼べるものはなかった。



だが、俺は気にもせず弱った2匹の首を刈り取る。



「左手はくれてやるよ…」



そんなかっこいいセリフを吐いた。

だが、左手が元々あった場所は徐々に痛みだし、物凄く熱い。

これ、やばいなぁ。

意識が朦朧とする。



【レベルが上がりました】


【レベルが上がりました】



アナウンスはもう俺に届いていなかった。

上級ポーションはもうない。

耐えるしかない。

あと、2匹……。



…あの2匹を倒してどうなる…。

その後は、あのクソ悪魔が相手だ。

勝てる気がしねぇ…。



あれ、なんで俺諦めようとしてるんだ。


どうせ死ぬ………。


やめろ、あの子らを守るんだろ。


俺には無理だ………。


諦めるな!希望を捨てるなっ!


希望……、そんなもの……




「………あるじ………諦めないでください………」




こんな時に幻聴か…。

しかし、なんだか懐かしい声だ。

俺もあいつみたいに正義感で行動できているだろうか。

あいつなら、あの子らを守れた……。



「さあ、最後の2匹だ…かかってこい」


「ほぉ、オメェ闇に落ちてなかったか」



悪魔デーモンが玉座からなにか感心したように呟いている。

そんなこと気にするな。

目の前の相手に集中しろ。



ギャルゥゥゥウウウウ

ギャルルゥゥウウウウ



2匹が同時に威嚇する。

【ドーピング】の効果が後20秒しかない。

早く決着を決めなければ。

俺は自分から奴らに向かって駆け出した。

俺の剣は2匹のうち、1匹だけを狙っていた。

もう片方の1匹は気にしない。

ただ目の前の1匹を殺す。



シュッ——————グサッ



【ドーピング】で強化されたステータスによって、見事狙っていた1匹の首を刎ねることができた。

—————よし。


【レベルが上がりました】



もう1匹は——————。



ズドォォォォオオオン!



気づいた時にはもう遅かった。

俺は最後の1匹に咥えられた状態で壁に激突した。



「くはっ!………」



クソいてぇ。

肋骨がほぼ折れた状態で、若干骨が剥き出しになっているのがわかる。

それでもまだ生きているのは、探索者となってステータスを得たおかげだろう。

だが、もうやばい。

意識が途絶えそうだ……。



奴は俺が暴れなくなったのを見計らって、ゆっくりと咀嚼そしゃくを開始した。



バキッ

グジュッ

ゴキッ



そんな音が部屋中に響き渡る。

見るに耐えないものだろう。

だは、ナオと櫻はまだこちらを見ている。

その顔には絶望が浮かんでいた。

なんて顔をさせてんだ、俺…。


動いてくれ……。


手を動かせ……!


目の前の犬っころを殺せ……!


生きるためにっ!!!!



ズシュッ!



俺は笑みを浮かべた。

目の前の犬っころの目を見る。

黒い眼玉がゆっくりと白眼をむく。

それに伴い、俺の体を捉えていた奴の顎が緩くなった。

俺は予備で持っていた短剣を最後の力を振り絞って奴の脳天に突き刺したのだ。



「終わりだ……」



パチパチパチパチパチ……



そんな拍手が玉座から聞こえる。

だが、もう俺に顔を上げる力はない。

おそらく奴は微笑んでいるのだろう。



「いやぁ。実に見事だった。良いものが見れたぜ。弱い人間が命をかけて戦うその姿!実に美しい…」


「クソッタレ……ゲホっ……」



吐血が激しく、まともに喋れない。

誰かこの悪夢を終わらせてくれ。

もう俺に戦う力はない。

もし神様がいるのなら……あの子らだけでも無事に返してやってくれ。



神が……いるのなら………俺を………俺を助けてくれ……………。



最後に願ったこと。

それは結局自分のことだった。

人を守るために戦って、最後まで守り通す。

そんな立派な理想は、本当に俺にあったのだろうか。



誰でもいい…。


神でも……悪魔でもいい……。


俺を……俺たちを助けてくれ………。




【レベルが上がりました】


【レベルが10に達したため、スキル『オーヴァーロード』がレベルアップします】


【ローディング中…】


【ローディング中…】


【接続完了】


【只今より召喚を実行します】





「お待たせいたしました……あるじ


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