第9話 ボスと0.1%


ギャルゥゥゥゥウ


2階層からはゴブリンが出現する。

それに合わせて、俺は協会から片手剣を購入した。

ゴブリンと言っても、決して弱いわけではない。

人間と同じように個体差がある。

背の低いやつもいれば、背の高いやつ、頭の回るやつなど様々だ。



「熊!左から1匹来るぞ、お前が引きつけろ!」


「…はいっ」


「櫻ちゃん、弓で奴の目を狙ってくれ」


「はいっ」



俺が指示した通りに2人が動き出す。

ゴブリンは熊に気を取られ、櫻ちゃんの放った弓に反応できない。

よしっ、弱った!今だ。



「ナオ!トドメを頼む」


「おうよっ!」



ズバッ



ナオの剣がゴブリンの首を刎ねる。

紫色の血が飛び散った。

ダンジョンでは日常茶飯事の光景だ。



「3人ともよくやった!」


「おっさんのおかげだぜっ」


「そうですよ、九条さんの指示が的確だからです」



良いチームワークだ。

こいつらなら3人でもやっていけると思うが、わざわざそこにスキルの使えない俺を入れてくれている。

こいつらのおかげで俺も2階層に来れたし、感謝しかないな。



「そろそろ休憩にするか」


「さんせーい!」



パーティーの荷物持ちを担当している俺がリュックから食料を出した。

食料と言っても、温かく美味しい物ではない。

エネルギーが補充できて、簡易的に食べられるような物だ。



「この味も食べ慣れたもんだな」


「えぇ、あまり美味しいとは言えませんが…」


「俺は飽きたぞ!協会はもっと美味しいやつ作れなかったのかよ」


「しょうがないだろ、これにはMPを補充する効果があるんだから」



そう、このスティック状の食料にはMP、つまりスキル発動に必要なポイントを回復する効果がある。

これは、スキル『クック』による効果だ。

このスキルを持つ者が作る食料は何かを回復させる。

しかし回復させるものはランダムであり、ついでに味はそれほど美味しくならない難点がある。



「九条さんはなんで探索者になろうとしたんですか?」


「ん?」



櫻ちゃんの突然の質問に言葉が詰まった。

好奇心から、楽しそうだったからなんて気軽に言えない。

実際に命を賭けて戦って、何かを守ろうとしている人だっているのだから。



「おい、おっさんを困らせんなって。人には言えないことがあるんだよ」


「そっか!ごめんなさい、九条さん」


「あ、あぁ」


「まぁ、俺は金のためだけどな!」


「金?」


「おう、俺は親父が早くに死んで母ちゃんは入院中なんだ。だから生活費も入院費用も俺が稼がなきゃいけねぇんだ」


「そ、そうだったのか…」



確かに探索者は給料がいい。

頑張れば頑張るほど稼げる。

だが、この職業には命をかける必要がある。

ナオは誰かを守ろうと、生活を、母親を守ろうと戦っている。

正直尊敬する。



「おっさん、そろそろ行くか!」


「お、おう」




 ◆ ◆ ◆




東京ダンジョン、2階層ボスの扉前。



「いよいよボス部屋だ。情報通り立ち回れば、必ず攻略できると言われている。みんな落ち着いて行こう」


「「はい」」


「おう」



2階層のボスは、ゴブリンメイジ。

ゴブリンの中でも特に知恵が回って、魔法を扱うことのできるモンスターだ。

特に警戒すべきは奴が扱っている氷系の魔法。

だが、探索者協会からは既に攻略するための情報が公開されていた。

その情報を元に攻略できた確率は99.9%だ。



残りの0.1%は念のための数値だろう。

ダンジョンにはたまにランダム転移という現象が発生するという。

日本ではまだ起きていない非常に稀な現象だ。



ギィィィ



ボス部屋の扉を開く。

青色の輝きを放つ松明が部屋全体を照らしている。

その部屋の中央には、自分の背丈ほどある杖を持つゴブリンがいた。

こちらに気づいたように顔を上げ、目を光らせた。



「みんな、打ち合わせ通りにやるぞ」


「「はい」」


「おう」



まずは魔法の遠距離攻撃を警戒しつつ、タンクである熊に的を集中させる。

そして、その際に俺とナオが左右から回ってやつを狙う。

その間に櫻のスキル弓攻撃による【パワーショット】を構えてもらう。



「いいぞっ!熊、弾け!」


「…はい!【バウンド】っ!」



熊のスキル【バウンド】は、一度自分に相手を引き寄せてから、思いっきり対象物を吹っ飛ばすスキルだ。



「ナオ!奴が態勢を崩した!迷わず首を狙え!」


「おうっ!」



首への攻撃はナオに任せて、俺は奴のアキレス腱を狙った。

アキレス腱は二足型歩行をする者の弱点でもあるからだ。



カキィンっ!!



ゴブリンメイジが、氷魔法を使ってナオの剣を防ぐ。

くそ、アキレス腱だけはもらっていくぜ!



ザッ



「よしっ!アキレス腱はやった!櫻ちゃん、脳天を狙え!」


「はいっ!」



シュッ——————グサッ



「「よしっ」」



俺とナオが同時にガッツポーズをした。

モンスターは徐々に灰となり、その場には魔核だけが残った。



「案外楽勝だったわね」


「あぁ、攻撃魔法すら使わせていないからな!」


「そうだな。熊が気を引きつけていたおかげだ」



そう言うと、熊が若干照れ出す。

だがその表情の変化は微々たるもので、いつも一緒にいなきゃわからない変化だ。



「おぉ、熊が照れてる。あははは」


「…や、やめろよ…」


「「あはははは」」



これがパーティーか。

こういうのも悪くないな。

俺とこいつらの歳の差は10近いけど、こうして笑っていられるのはいいことなのだろう。



「よし、じゃあとりあえず今日は帰るか」


「そうだね!私もうヘトヘト」


「俺腹減った〜」


「じゃあロンドカフェで飯でも食うか」


「「「おぉ!」」」


「さすがおっさん!もちろん…?」


「あぁ…俺の奢りだ」


「「やったぁー!」」


「…」



熊も若干喜んでいるようだ。

ボス部屋にある2つの魔法陣でできたゲートのうち青い方が帰還。赤い方が3階層に行く転移ゲートだ。

俺は3人とも青色の転移ゲートにのったことを確認してこう言った。



「転移」



シュッ



今思えば、この転移が俺の運命を変えたといってもいい。



「お? ケケケ、どうやら小蝿が迷い込んだようだな…」



奴は不気味な笑みを浮かべながら、こちらを凝視していた。

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