第21話 聖女万歳!(戦闘開始!)
いったん滅茶苦茶になった記憶が、ひどい形で復活し始めた後から、綾はどれほど自分を返り見て、疑心暗鬼に陥ったか、知れない。
――何故私から離れていったの、姉様?!
誰にもうち明けていないが、記憶が戻りだしてから一度だけ、綾は、ヘルフェリッヒ邸へ、エマを訪ねていったことがある。
初夏の早朝、邸宅裏庭のバラ園、高い鋼の柵ごしの再会だった。
「理由を…… 理由をお聞かせ頂けませんか……?」
朝露の置いたバラの花弁を愛でていたエマは、驚いたように顔を上げて、突然現れた下級生の少女を、呆然と眺めて、視線を逸らせた。
深く、威厳に満ちた声が、言った。
「理由を述べて、お前を傷つけたくはない、アヤ」
「何故ですの?! 理由を言って頂ければ……!! 理由を言って頂かなくては、諦めもつきませんわ……!!」
ほとんど悲鳴。
エマに反抗的な態度など取れようもなかった綾にとって、後にも先にもそのとき一度きりの、責めるようなセリフだった。
けれど、エマは、憐憫の表情を浮かべたきり、長い間無言でいたかと思うと、やがて身を翻し、朝靄の深みへ去っていってしまった。
ミルク色の靄の向こうへ、流れるブロンドの毅然とした後ろ姿が去っていくのを、綾は鋼の格子を握りしめ、泣き崩れてしまい、見送ることもできなかった。
それから綾は、誰にもエマとのことを喋っていない。愚痴も、何も、出なかった。心が痛んでも、エマのことが慕わしくて、口にできなかった。
――私が、あまりに幼くて未熟者だったせい?
――それとも、聖女館の他のお嬢様がたと同じく、苦労知らずで幸せに育ちすぎていたせい?
――どうしようもないファザコンだと思われたりしたのかしら……
――それとも、やはり――
面と向かって言われたことはひとつもなかったが、エマだったら馬鹿にしたくなるような行動を、自分は取っていたのではないか。誇り高く聡明なエマだったら、あまりよくない傾向だと失望するような点が、何か、あったのではないか。
あれこれ考えては、後悔し続けた。
憎めればまだ、楽になれたのかも知れない。
綾は、エマに気持ちが残っていたから、自分を責め抜くことになった――。
今でも涙が出るほど慕わしい、彼(か)の人に。
勝てるのだろうか。自分は。勝負以前に、面と向かって対峙できるかすら、あやういのに。
しかし、道はもう決まってしまっていた。
「――やりますわ、わたくし」
泣きそうな顔は見せずに済んだが、声は、震えていた。
リリーが、震えに気付かなかった振りでオオッと嬉しそうに飛び跳ね、放送会の生徒が、マイクを持って駆けつけてくる。
「では、総長、第一声をどうぞ、どすえ~」
綾は、長いマントの裾をバッと翻し、講演台の前に立つと、バンと手をついた。
内心の動揺と不安を、せっかく総長に選んでくれた皆に、気取られては、ならない。
演じなければ……。お教えのとおりに。
そう。エマに、そうした
綾は笑って、息を吸い込んだ。
「ご推薦と清き一票を頂き、ありがとうございます、皆さま?」
黒く輝く瞳で会場を眺め渡す美少女、凛然とした声に、上級生も下級生も、一同が一瞬で魅了され、視線を注いだ。
演技だとは、誰も思うまい。
「初めに断っておきますが、私たちは、エスコート服の皆さんを、学院から完全に追い出そうとしているわけではありません……そうですわね? ――ただ、私達と同じ正規の学院生になるのが、許せないだけでございますわ……皆さん、理由はそれぞれでしょうけれど」
自分の立場を逆手にとって、笑いを取る。
――ごめんなさい、響也様――
「けれど、事情は違えど、目指すものは、ただ一つ。共学化、断固阻止、でございますわ!!」
「……!!」
ごく自然に、拍手と喝采が沸いた。
「作戦立案と総指揮は、安心してこの式部綾にお任せ下さいませ!」
こういうときは、ウソでも強気の発言をしておく。
あくまでも、高らかに、謳いあげる。
「そして、必ずや勝利を、私達の手に、掴みましょう!!」
「V
横でリリーが音頭を取った。
――
会場中が高く手を掲げる。
――V
――Vive la Sainte Vierge!!!
三十分後。
西苑の《生徒会館》二階・大会議場には、早速、作戦立案のミーティングを始めるため、即席で発足した反対派メインスタッフグループが、集合していた。
「先攻・後攻は『競技』の前日、正午に両派総長が待ち合わせ、学院長の立ち会いのもと、コイン・トスで決定? 持ち時間は、先攻・後攻とも、審査員の入場と退場を含め、四時間以内。審査員は総勢一二五名。これは――、人数といい時間といい、ちょっとしたウェディング・パーティの規模じゃありませんこと?!」
「素人には、大変ですわね」
「へー、会場は学院内。賛成・反対各派、陣地にした苑の中であれば、どの施設を会場に指定しても構わない。審査員達――招待客への連絡、案内のため、別紙の企画書の空欄を埋めて、決勝前日夕刻までに提出すること――か」
大会運営を預かる教職員組合からルールブックが届き、綾はその場の全員にそれを配布して、作戦会議を進めていた。
「まずは必殺必勝のコース選びとメニュー作り!! 勿論、メイン審査員から傾向と対策を割り出すのには、時間をかけましょう。ああでも、料理の腕前やら給仕の訓練はすぐにでも始めた方がいいでしょうし……」
大多数の生徒には、明日の朝から指示を出すと伝え、今日はとりあえず下校してもらったが、総長候補者だった生徒も全員取り込み、リリーが名指したエスカドロン・ヴォランや、その他推薦された生徒達も合わせ、五十余名の大所帯だ。
「こちらの添付資料が、審査員ですね」
「あら、名のあるタレントさんもたくさんいらっしゃるわ」
「なんどすこれ? ナンバー125だけ空欄ですやん。印刷ミスやろか?」
「いや、内緒、ということらしいぜ。その前のナンバー120から124までの五人がメイン審査員、その最後のひとりがグランドメイン審査員、ナンバー1から119まではあくまで雑魚ってカンジだな」
「見て下さい! 割り当てられてるポイント数!! この人、一〇〇〇ポイント中、三〇〇ポイント持ってる!」
「これは……デカいわね」
綾は言った。
「これが誰かを突き止めて、彼を完全攻略するメニューが考えられるかどうかで、勝敗はかなり違ってくる。――よろしいかしら、皆さま?」
仲間達が全員、同時にうなずく。
「学校側がどんな情報管制を敷いているか知りませんが、手段を尽くしましょう!」
と。
急いたノックがし、ほとんど同時、沙記が扉から飛び込んできた。
「決まりましたって!!」
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