第二部 三章「黄金のエリクサー」その①



 前回の冒険合宿でクリスの天然スキルが発動し、偶然発見した超レアな秘密のダンジョンで伝説の賢者の試練をクリアした、俺こと鈴木秋斗は新しい仲間を手に入れた。

 勇者と共に魔王を討伐したドワーフの戦士で、アイリスと名前を付けた。年齢は不詳だが見た目は可愛い女の子で、少し大人しい感じで声が小さい。だが内気ではなく、一緒に居ると仕える事、つまり自分の仕事に対しては積極的だ。

 前に賢者に仕えていた時に、お風呂でご奉仕するのが仕事だったので、俺にも同じようにしようとする。

 まあご奉仕といってもエッチなことではない。ただ主人の体を洗ったりすることのようだ。でも話を聞いていると、裸でご奉仕していたんだと。風呂だし当然といえば当然だが、こっちの世界の人間は人外奴隷を性の対象として見ていないから成立するんだろうな。俺は意識してしまって全然ダメだ。我慢する自信がない。

 ということで、アイリスのご奉仕は今のところ断っている。アイリスが一緒にお風呂に入ろうとした時、スカーレットの慌てぶりは面白かった。

 しかし意のままにできる美少女三人と一緒に住んでいるのに、初めては人間の女の子がいい、とか言って逃げて、何もできないヘタレっぷりは自分で情けなくなる。

 だが一人に手を出してしまったら収拾がつかなくなりそうで怖い。だって今や三人もいるんだもん。家の中がドロドロの昼ドラカオスになりそう。考えただけで恐ろしい。虚ろな目で空鍋を回されるぐらいならまだいいけど、首切られて鞄に入れて運ばれる最悪のパターンもあるからな、やはり気を付けないと。

 まだまだこの生殺し状態は続きそうだ。とかバカなこと考えてないで、今は金があることだし、さっさと風俗行って欲求不満を解消してこいって話だよな。

 因みにアイリスの装備は最終決戦レベルだが、お金は少ししかもっていなかった。てか賢者コノヤロー、あんな大掛かりなダンジョンや仕掛けを造る金があるなら、もっと大金持たせとけ。

 ただ服とか靴は新しく買う必要がないほど、封印石で作られた魔法のペンダント収納に入っていた。

 そして部屋割りもまた問題が発生した。

 アイリスは俺と同じ部屋で寝起きして、着替えの手伝いから何から何までやると言ったからだ。

 賢者に仕えていた時はそうしていたらしい。本当に賢者は奴隷と戦士として、アイリスをこき使っていたようだ。こっちの世界ではそれが普通だから、奴隷側も可哀想でもないし不道徳とか悪行ではない。

 それでスカーレットが憤慨して、当然だが却下された。この時、アイリスは相変わらず無表情で淡々としていた。

 アイリスは普段から口数も少なく無表情だけど、褒められるとはにかんだりする姿が凄く可愛い。

 結局アイリスの部屋はスカーレットの横に決まった。その夜に分かったことだが、アイリスは寝る時は水玉のピンクパジャマを着ている。それがまた似合っていて萌カワなんだよな。

 クリスとスカーレットは家のベッドで寝る時は、ムチムチのエロボディを隠すことなく全裸だった。

 この違いは半獣人とドワーフだからだろうか。半獣人は安心できる場所ではみんな全裸が普通なのかも。我が家の二人以外も、普段着からして露出度が高いからな。

 後は謎の生物のセバスチャンのことだが、普通のマンドラゴラじゃなく魔道士だった研究者のロイが造ったモンスターに近い存在だから、本物の戦士のアイリスがどう反応するか心配だった。

 でもアイリスはそれほど関心を示さず普通にしていて、俺の取り越し苦労に終わった。てかどんだけ興味ないんだよって思ったけど、アイリスは大冒険を経験していて様々なものを見てきているから、少々の事では動じないのかもしれない。

 なのでセバスチャンが作った分身体のようなコセバス達とも、アイリスは問題を起こすことなく上手くやっている。というより、あまり興味が無いようだった。

 で、今日は午後から一人で街の中心部に出掛け、情報屋のサクラと会っている。サクラはドワーフなのでいつも通りグレーのフード付きマントで身を隠していた。

 俺の服装は、袖が黄色の白いラグランTシャツ、黒のカーゴパンツ、スニーカー、ダークグレーのハーフマントを纏い、後はウエストポーチ型の魔法の道具袋とダガーナイフを腰に装備している。

「既に皆が知っている事ですが、アキトの旦那が街を離れている間に、金色の破壊神が近くの森で、魔人族と戦うという事件がありました」

「そりゃ大事件だな……」

 もう聞きたくないんですけど。その先は嫌な情報しかないと思うから。

「結果はまあ、魔人の方が倒されたみたいです」

「だろうな」

 まったくどこのバカだ、あの化け物に喧嘩売るとか自殺行為だろ。それに周りの迷惑も考えろっての。あの暴君エルフは戦いに巻き込まれた人の事なんて気にもしないんだからな。

「その様子を偶然見ていた冒険者の話では、二人とも誰かを探していたようです」

「へぇ〜、そうなんだ……」

 その冒険者よく生きて帰ってこれたな、凄く強運の持ち主だ。っていうかアンジェリカが探しているのはやっぱ俺かな。

 もういい加減にしてほしいよ。どこまでストーカーやるつもりだ。そんなに仲間に入りたいのかよ。まあ普通にお断りしますけどね。ただそうなったらフルボッコにされるだろうけど。

 だから俺は全力で逃げる‼ その結果、多くの人に迷惑をかけるかもしれないが、俺は逃げる‼ だって普通に怖いから。

 チート超人が本気でビビるほど、アンジェリカの強さと自分勝手さは異常だ。

「そのクレイジーな魔人族って、どんな奴だったか分かるの」

「確か、イスカンなんちゃらとか名乗ってたらしいですけど。途中で上手く逃げたって聞いてます」

 なるほど、イスカンダルね。あいつなら金色の破壊神相手に喧嘩売っても仕方がない。だってバカだから。

 しかしよく死ななかったものだ。まあ逃げ足は速いし、超タフな奴だからな。

「その魔人はライバルの冒険者を探していたみたいです」

「ラ、ライバル……」

 なんだよそれ、二人とも俺を探してたのかよ。それで森の中で遭遇してバトルになったってことか。

 俺全然関係ないのに関係あるじゃん。もうヤダこの人たち。

 それで最悪なのは、バカ二人のバトルで被害を受けた人がいる事だ。その場に居なかったのにスゲー罪悪感だよ。

 バトルが始まった時に運悪く、近くを通った運送屋の大型荷馬車の隊列が巻き込まれた。

 運送屋はとある商人に雇われて、奴隷や魔獣、珍しい動物を檻に入れてゴールディーウォールまで運んでいたらしい。

 生物以外なら魔法の道具袋のようなアイテムで簡単に持ち運べるので大型の荷馬車を使う必要もないし、今回みたいな被害もなかったかもしれない。とにかくタイミングが悪すぎた。

 更にそのドサクサに紛れて山賊が檻を荷馬車ごと盗んだ。この時に実は、アルバートという名の商人も、恐らく金銭目当てで誘拐されていた。

 という事で、山賊退治と荷物の奪還、商人の救出クエストが冒険者ギルドより発表されている。

 これって俺が助けに行かなくても、冒険者の皆様が行ってくれるんだよね、って思ってたのだが、どうやらサクラの話を聞いていると、そうもいかないみたいだ。

 多くの冒険者たちがクエストには参加しないらしい。何故ならそのアルバートという商人は悪徳で有名だからだ。つまりは人望がないんだな。

 しかも今回の山賊たちは悪徳商人しか狙わない義賊で、一目置かれているとのこと。

「参加者が少ない理由は他にもあるんです」

「もしかして、凄く強いボスがいるとか」

「いえ、場所の問題です。山賊のアジトは北東の森の中ですけど、魔法や様々な仕掛けがあって迷いの森になっているんです」

「そういう事か。まあ助けが少ないのは自業自得だな」

 とはいえ、放置はできないよなぁ。

 アンジェリカとイスカンダルが元凶で、そのアンジェリカが街に居るのは俺のせい、イスカンダルが街の近くに来たのも俺のせい、だからな。

 もうなんなのこのやるせない罪悪感は。俺もどっちかというと被害者なのに。

 とりあえず俺は目立ちたくないから、今は冒険者ギルドに所属していない。だからクエストは受けられないけど、個人的に助けに行ってみるか。

 でも今日はもう面倒だから明日にしよう。急ぐ必要はまったくもってないからね。

 この後は鍛冶屋のジャックに会いに行って、また色々と武器作りの話を聞いた。

 それからは、この広い街のまだ行っていない場所をブラブラと探索したあと我が家へと帰り、明日は朝から近くの森に出掛けることを三人に詳しく話した。


 次の日の早朝、俺はクリスとスカーレットとアイリスを連れて、山賊のアジトがあるという北東の森へと向かった。

 送迎屋の馬車で三十分ほど移動したところで俺たちは降ろされた。その場所には既に何組かの冒険者が来ており空の馬車があった。

 帰りの料金も払ってあるので、夕方までには商人を助けてこの場所に帰ってこなければならない。

 まあ今回は激しいバトルもないだろうし楽勝と思う。たとえ上級モンスターが現れても、レベル91のアイリスがいるし、俺が戦う必要はない。

 因みに今日の格好は、白のTシャツに青のジーパンと魔道具のスニーカーで、装備は黒い仮面とダークグレーのハーフマント、ウエストポーチ型の魔法の道具袋とダガーナイフだ。

 クリスは体操服と赤いブルマと白の靴下、上履き風の靴で、少し大きめのキャメルカラーのボディバッグを斜め掛けで背負っている。

 スカーレットはピンクのキャミソールに白いミニのタイトスカート、首に赤いスカーフを巻いて、白とピンクのボーダーのニーハイとブーツ、手には指の部分がない革手袋、腰にはウエストポーチ型の魔法の道具袋をしている。

 アイリスは白を基調としたフリフリのロリータファッションで、装備は全て封印石を使った魔法のペンダントの中に収納されている。

 てかぱっと見、俺以外は森の中に居たら不自然極まりない。冒険者ってなに? ってツッコミ入れたくなるよな。

 あとここはもう森の中なので三人ともマントは纏っていない。勿論、脱がせた理由は、その可愛い姿を俺が見たいからだ。マントなんてホンと邪魔でしかない。

 今までしていた仮面も、あまり意味がないので俺以外は付けないことにした。

 こっちの世界の人間は、本当に奴隷に興味がないからだ。顔を隠してなくても、半獣人やエルフやドワーフを覚えたりはしない。

 これは情報屋のサクラも言っていたことだ。むしろ奴隷は仮面を付けている方が目立つかもしれないとも聞いた。

「じゃあ俺たちも行くとするか」

「御意」

「はいにゃー」

「はい」

 この辺りの森には基本的にスライムやゴブリン、植物系の弱いモンスターしかいない。はっきり言って今までの冒険と比べたらピクニック感覚だ。

 とりあえず迷いの森がどんな感じなのか確かめるために、敢えて何も策を講じずに進んだ。

 程なくして二組の冒険者パーティーと遭遇したが、互いに声をかけることなく通り過ぎた。

 二組とも四人編成で、俺の見立てでは低レベルの初心者冒険者だ。全員が人間で男女二人ずつである。なんだよそれは、カップルですかコノヤロー、普通に羨ましいじゃねぇかよ。しかもこいつら、変な恰好した奴隷を三人も連れてるからか、すれ違う時に俺をジロジロと見やがった。更にひそひそ話までされた。なんだか凄く恥ずかしかった。こいつら困ってても絶対に助けてやんねぇからな。

 とか考えながら歩いてたら、さっきすれ違ったはずの冒険者パーティーが前方の右横から現れ通り過ぎて行った。

「もう俺たちは迷ってるわけか」

「ご主人、これは同じ場所をグルグルと回っているのでしょうか」

 スカーレットが辺りを見渡しながら言った。

「そういう可能性もあるな。ただ同じ景色が繰り返されてないし、何パターンかの道があるのかも」

 情報屋のサクラの話では、この森には結界と幻術の魔法が使われていて空からでもアジトは発見できないらしい。でも正しいルートで進めば抜けられる。これはレトゲーRPGでありそうな攻略イベントだな。なのでまずは目印となる何かを見つけなくてはならない。

 それから数分ほど歩いたところで小さな山小屋を見つけた。

 不自然な感じはない。だが俺の直感がこの山小屋が、迷いの森を抜けるための最初の目印だと告げている。

「ご主人様、小屋を調べるならクリスチーナにお任せなのにゃ」

 クリスが自分の胸をポンと叩いてドヤ顔で自信満々に言った。

 さっそく出ましたよ、お任せ星人が。ホンと天然は過去の失敗を覚えてないから厄介だぜ。

「お前が一人で行ったら仕掛けがなくてもあの小屋が崩壊する。大人しくしていろ」

 スカーレットは冷静にツッコミを入れた。まさにその通り。

「にゃっ⁉ スカーレットちゃん酷いのにゃ。信用してほしいのにゃ」

「おいバカ猫、信用するためには実績が必要だ。お前にあるのか、そんなものが」

「にゃん?」

 はい出ました必殺の誤魔化しにゃんポーズ。

 俺は可愛いから許すけど、ムカついたスカーレットは容赦なくクリスのお尻に蹴りを入れた。

 このいつも通りの光景を、アイリスは無表情で見守っていた。でもなんとなく、楽しそうにも見える。

「小屋は調べなくていいよ。恐らく仕掛けとかはないと思う。あったらこれまでに冒険者たちが見つけて、攻略情報が流れているはずだ」

「流石でございますご主人」

「でもここがアジトに向かうルートの出発点のはずだ。とりあえず小屋の周りをみんなで調べよう」

「御意」

「はいにゃ。お任せなのにゃ」

「はい」

 小屋の周りを歩きながら地面や景色に変化がないかを確かめる。だが二周したが違いを見つけることはできなかった。しかしこの時、その場から動かず一点を見詰めているアイリスに気付いた。

「どうしたアイリス、なに見てるの?」

「あれです」

 アイリスは二十メートルほど先の木を指差し言った。

「あっ⁉ あの木だけ、周りのものより太いような……」

 よく見たら、山小屋の扉から一直線の場所にその木がある。これはあの木が次の目印かもしれない。

 その木まで四人で行って、また周りを調べる。すると二十メートル先に同じように一本だけ太い木を見つけた。

 また目印と思われる木まで移動し周りを調べると、一本だけ太い木があった。

 太い木を見つけて二十メートルほど移動する、という事を何度か繰り返すと、今度は明らかに種類の違う大木が現れる。

 大木の根は物凄く太く長くて、地面に出てうねっている。

「ご主人、もうこの周りには一本だけ太い木はないようです」

 スカーレットは大木を一周しながら念入りに森を観察した後、側に戻ってきて言った。

「どうやらここが、最後の攻略ポイントだな」 

 正面にある大木は、ぱっと見はただデカいだけで普通だが、どこかに仕掛けがあると思う。

「よし、この木を調べるぞ」

 四人がかりで十五分ほど調べる。だが何も仕掛けは発見できない。

「この木に仕掛けがあると思ったんだけどなぁ。勘違いか……」

「あるじ様、ほんの少しだけですが、この木から魔力を感じます。なのであるじ様の考えは間違ってないかと」

「魔力……ちょっと俺には分からないレベルだな。でもアイリスが言うなら間違いなさそうだ。もう少し調べてみよう」

 アイリスは妖精族のドワーフだし、エルフ同様に森との関わりも深く、魔力感知に長けているのかもしれない。

 それにレベルも91で俺たち素人とは経験値が違う。全てにおいて頼りになる。

 という事で更に念入りに大木を調べていたら、地面に突き出て四方八方にうねっている巨大な根が、ふと気になった。

 一か所だけ一メートル程の高さで形よくアーチ状になっている。

 低いから立ったままでは通れない。この間をわざわざかがんだり膝をついたりして通り抜けようとする冒険者はいないはずだ。

「ダメ元でちょっと試してみるか」

 アーチ状になっている根の間を、かがんでカニ歩きのようにして通り抜けた。

「ははっ、当たりかよ。凝ったことするなぁ」

 その場はいま居たままの森の中で景色も同じだが、魔法で作られた特殊な空間であるのは間違いない。

 何故なら景色の中に俺以外は居ないからだ。アーチを通過した先では三人の姿はなく、眼前に今までなかった二メートル程の女神の石像がある。

 女神像は両手の平を上に向けて前に出している。その右手には野球ボールほどの丸い水晶みたいな物が乗せられていた。

「……この球を左手に載せ換えればいいんだな」

 球を手に取って女神像の左手に置いた。しかしその魔法空間では何も起こらなかったので、また根のアーチを通って元の場所に戻った。すると三人が集まっていた。

「俺の姿って見えてたか?」

「いえ、ご主人は消えていました」

「ご主人様が消えた後、奥に道が現れたのにゃ」

「おっ、やったね。やっぱあの球だったか」

 時間がたてば自動的に道がなくなる幻術系魔法の仕掛けだと思う。簡単だけどよくできている。ここまで辿り着けても、木の根に仕掛けがあるとか意外と気付かないだろうからな。

 道幅は大型の荷馬車が通れるほど広く、地面にはこれまでなかった馬車や人間の足跡がある。

 普通はあるはずの足跡がここまでなかったのは、森全体に魔法の力が発動しているからだろう。

「ご主人、今までしてこなかった多くの人間の匂いがします」

「そうか、じゃあ山賊たちのアジトが近いってことだな」

 そこからは道なりに進み十分ほどで開けた場所に出る。

 正面には岩山があり、中へと入って行ける洞窟のような入口があった。

 どうやらこの岩山の内部とその周辺が山賊のアジトのようだ。洞窟の出入り口には見張りと思われる男が二人いて、俺たちの姿を見るなり笛を吹いて侵入者が来たことを知らせる。

 巣の中から次から次に飛び出し一斉に襲い掛かり敵を撃退するスズメバチの如く、山賊たちはあっという間に集合した。その数は五十人ほどで、男が九割を占めている。歳は二十から四十代ぐらいで全員まだ若い。

 でも思っていた山賊の恰好じゃなく、みんな冒険者風だ。装備からして低レベルの冒険者崩れだな。強そうな奴は一人もいない。よくこれまで捕まらなかったものだ。

 もしかしてだが、暗黙の了解で許されている、必要悪とでもいうやつなのかな。まあ義賊だとは聞いているけど、何人かは強い奴がいないとダメだろ。

 山賊たちは会話などするつもりはなく、いきなり襲い掛かってくる。そういうところはちゃんと山賊してやがる。

「あるじ様、私にお任せください」

「分かった、アイリスに任せるよ。でも大怪我させないように、物凄く手加減しろよ」

「はい。心得ております」

「クリス、スカーレット、少し下がるぞ」

「御意」

「はいにゃ」

 まずはアイリスのお手並み拝見だ。といってもザコ相手じゃレベル91の力は見れないけど。

 冒険者風の山賊たちは雄叫びを上げ津波の如く押し寄せてくるが、アイリスは相変わらず無表情で微動だにしない。

 てかこいつら攻撃魔法使える奴いねぇのかよ。馬鹿正直に突撃してくるとか素人丸出しだ。って俺もそうだけども。

 まあ目の前に居るのはロリータファッション姿の小さな女の子だし、舐められて当然か。

 眼前に山賊たちが迫った時、アイリスの右手が少し動いたと思った瞬間ピカッと光りその手には剣ではなく、竹の棒が握られていた。

 そんな物まで封印石の魔法のペンダント収納に入っているのかよ。と胸の内で思った時にアイリスは動いた。

 その場から姿が消えたと思えるほどアイリスの動きは速く、次の瞬間には前衛に居た十人以上の山賊たちがぶっ飛ばされ倒れる。

 突然の出来事に驚き山賊たちは動きを止めた。その隙にアイリスは更に十人ほどぶっ飛ばす。

 アイリスの移動スピードと体捌きがヤバい。もうよく見えないレベルですよ。

 残像を追いかけるので精一杯だ。恐らくあれでも全然本気じゃないはずだ。やはり超上級のレジェンド冒険者は凄い、格が違う。

 ただ服装があれなので知らない人が見たら違和感しかないだろう。

 その時、後ろに居た女の子たちが魔道士だったようで、ファイアーボールを放った。

 てかちっちゃ⁉ これが低レベルのファイアーボールかよ。サッカーボール程度の大きさで魔力も弱く迫力なさすぎる。今まで凄いのばかり見てたから拍子抜けだ。

 アイリスはファイアーボールを竹の棒で、野球ボールを打つかのように軽く叩いて跳ね飛ばした。

 役目を果たせず吹き飛ばされた可哀想なファイアーボールは、離れたところの地面に落ちて小さく爆発した。

 ファイアーボールさん乙です。

 でも攻撃魔法を跳ね飛ばす竹の棒ってなんだよ、マジでミラクルな魔法のステッキじゃん。

 そしてアイリスはいとも簡単に、大怪我をさせることなく全員を竹の棒一本で行動不能にした。

 女の子たちにも容赦なく一撃入れていたけど、そういうところも流石としか言えない。

「あるじ様、終わりました」

 アイリスは汗一つ流さず無表情で言った。

「お、お疲れ様」

 冗談抜きでもう当分は俺の出番ないな。

「アイリスちゃん凄いのにゃ。とってもとっても強いのにゃ」

「ま、まあ、あのぐらいは当然だ。あまり調子に乗らないように」

 スカーレットは悔しそうにそっぽを向いて言う。

「まさかそんな竹の棒をペンダントの中に、武器として入れてるとはな」

「これは賢者様から持っていろと言われた物です」

「へぇ〜、例の賢者が」

「お前は力が強いから、普通の人間と戦わなくてはならない時は、殺したりしないように竹の棒を使う程度で丁度いい。と言われました」

 確かに賢者の言うとおりだ。レベル91の戦士が弱い人間と普通に戦ったら、手加減しても死んでしまう。

 といっても山賊どもは普通の人間じゃなく、女神の祝福を受けた職業持ちの冒険者だと思うけど。

「その竹って、魔力を感じるから普通の物じゃないよね」

「はい。これは賢者様の魔力が宿っています。弱い魔法なら弾くこともでき、剣を止めても簡単には切れません」

 やっぱ賢者の称号は伊達じゃない。色々できるうえに考えていてスゲー奴だ。と一応は思う。トンでもないお調子者だけどな。

「さてと、お仕置きの時間は終わったし、ここからは話し合いをしましょうか、山賊さん」

「話し合いだと……」

 三十代ぐらいのリーダーらしき男が、ふらつきながらもなんとか立ち上がって言った。

 その男は軽装備の鎧を纏った戦士風で、身長は185センチはある。日本人っぽい顔立ちで黒髪のツンツンヘアだ。

 てかモブの山賊までイケメンかよ。お腹いっぱいっていってんだろ。最近こればっかだぜ。異世界なんだから美少女だけ出てくればいいんだよ。

 女神どっかで見ててわざと嫌がらせしてんじゃないの。

「あなた達が悪徳商人からしか盗まないのは知ってるし、そういう奴らに騙された人たちを救済しているのも知ってる。だから捕まえに来たんじゃない。ただ訳ありなので、誘拐した商人だけは連れて帰らせてもらう」

「そ、それだけでいいのか」

「まあね。俺はクエストを受けたわけじゃないし。そだ、山賊は逃げたことにするから、俺たちが商人と帰るまで隠れていてくれ。それほどダメージないし動けるだろ」

「分かった、そうしよう」

 圧倒的な実力差を理解して、素直に従ってくれて助かるよ。決断力があるっていうのもリーダーの資質だな。

「みんな話は聞いたな、いったんここを離れて隠れるぞ」

 リーダーの男の言葉に従い、全員ダメージはあるが立ち上がり、その場から森の中へと消えた。

 恐らくここ以外にも緊急避難用のアジトがあるんだろうな。

 俺たちは山賊のアジトである岩山の洞窟の中へと入る。幾つか入口はあるが、俺は人専用の普通サイズの方から入った。

 内部はある程度は舗装されていて、魔法の力で明かりは点いている。

 道なりに奥へと進んでいくと牢屋があり、その中にバカ二人のバトルに巻き込まれ、挙句に誘拐された運の悪い商人がいた。

「おーい、助けにきてやったぞ」

「おぉ、助かった。早く出してくれ。積み荷が心配だ」

 ってコラ女神コノヤロー、悪徳商人はまたイケメンキャラかよ。

 このアルバートという名の商人は、北欧系の色白美形で、髪はブラウンで少し長めのサラサラヘア、瞳はブルー、歳は二十代半ばだ。

 細身で身長は180センチぐらい。服装はダブっとした白いズボンとシャツに青いベスト、レトゲーならいかにも商人風だ。

「檻の事なら、カラのが向こうにあったけど」

「それは分かっている。脅されて仕方がなく、俺が開けたんだから。それより中身だ中身、俺の商品は無事なのか」

「もうここにはないみたいだけど」

「そんなぁ……大損だ……せっかく珍しい魔獣や動物を手に入れたのに」

 アルバートは心底から落胆した感じで、泣きそうな顔して言った。

 しかし悪徳商人のわりに随分とさっぱりした格好だけど、現金に指輪やネックレスなど全て盗られたようだな。

 まあ本当は取り返せたけど、こいつ有名な悪徳商人らしいし、このままでいいや。

「クソッ‼ またやられたよ。俺ばかり狙いやがって、あいつら絶対に許さん‼」

 またって、既に何回もやられてたのかよ。完全にカモだな。

 あこぎな商売してるからだ。これを機に真面目にやれって言いたいけどどうせ無駄だし余計なお世話だよな。

「ご主人様、そこに鍵があったのにゃ」

「じゃあクリスさん、開けてあげなさい」

「はいにゃ。お任せなのにゃ」

 とりあえず檻から商人のアルバートを出して、無事に救出は成功した。

 後は街まで連れて帰って終わりだ。本当に今日は無駄な時間をすごしてしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る