第26話 その頃ガーファルド家は④
「お待たせした。私がガーファルド家、当主のゴルドーだ」
使用人に連れられた部屋に入り、ゴルドーは客に挨拶をした。
ソファーに腰を下ろし待っていた客人は二人。
異様なオーラを発する背の高い女と、静寂さを感じさせる老爺だ。
一瞬で自分と並ぶ強者だと判断する。
「いやぁ、こちらこそ突然押しかけてすまない。この爺さんが聞かなくて」
「いえお構いなく。それで、遠路遥々このような山奥まで足を運んでいただき……どのようなご用件で?」
ゴルドーはにこりと笑い、強い殺気を放つ。
しかし、女は自身の金髪を弄りながら欠伸をしてみせた。
「っ。依頼の期日はまだ先だったと思うが?」
「……こんな場所に家があったら食料とか困らない? アタシなんか片道でヘトヘトで、もう眠たくて仕方がない」
「用件がないのだったらお帰り願えるか。私どもも暇ではないんだ」
質問を無視する女に、ゴルドーは不機嫌に言った。
その瞬間、女が目を細める。
自分が出したもの以上の殺気を返され、ゴルドーは全身が粟立つのを覚える。
「──っ」
「アンタ、当主なんでしょ? だったらミスを犯したらまずは謝りな」
ゴクリと固唾を呑み、ゴルドーは慌てて女達に頭を下げた。
「も、申し訳ない。どうやって知ったのかは分からんが、依頼の難易度を少々見誤ったようだ。だが期日までには必ず遂行する。安心して──」
「どうやって遂行するって?」
「私が自ら当たることにした。これで万に一つも失敗はない!」
「ふんっ、そう……」
もともと期限には余裕がある依頼だった。
あと十日はある。
自分がやれば必ず間に合うだろう。
ゴルドーはこれで今日のところは引いてくれるだろうと思った。
が、しかし──
「ふぉっふぉっふぉっ」
「ブフッ……なんなんだこれ。ひぃー腹痛い」
去るどころか、老人と女は腹を抱え、涙を浮かべて大いに笑い出した。
何がそこまで可笑しいのか。
ゴルドーは理解できずに不愉快さを覚え、二人を鋭く睨む。
「何が言いたい?」
尋ねてもしばらく笑い続けていた女達だったが、少し落ち着くと、口端をニヤニヤと動かしながら答えた。
「どうなってる。アタシは世界でも有数の暗殺一家と聞いて依頼したんだが」
「こりゃ駄目じゃな」
ずっと口を閉じていた老爺も、ゴルドーを見下した目で見ている。
女はスッと立ち上がり眉間を揉んだ。
失望を色濃く感じる、冷たい表情をしていた。
一人先に部屋を出て行く女を止めることができず、ゴルドーは弱者のように黙っていたが、残った老人が口を開いた。
「優秀な後継が育っていると耳にしたが?」
「あ、あ……ああ。私の息子と娘のことだな。確かに優秀なのは間違いないが、今回の失敗は完全に誤算だった」
向けられる視線が一層冷たくなる。
ゴルドーはこの年寄りなら、と人を選び強気に出た。
「報酬を減らしても良いから、あと十日待ってくれ」
浅く頭を下げてはみる。
聞こえたのは、深く溜息を吐く音だった。
「もう良い。お主、ゴルドーと言ったな?」
「あ、ああ」
「あやつも帰路についたようじゃし、儂も帰るとするわ。前払い金の返還も求めん」
「いや、だから私が直々に向かうと!」
ここで、ゴルドーはようやく真実を告げられる。
「ドラゴンは他の者の手によって討たれ、秘宝は奪われてしもうた。同胞とはいえ殺すしか手段はなく、人手の問題も考慮し、お主らに依頼を出した儂等が愚かじゃったわ」
怒ることもなく、今も静寂さを漂わせる老人。
どこか憂鬱げな雰囲気に、ゴルドーは反応が遅れた。
「……な、なんだと?」
耳を疑ったが、老爺が再び答えてくれることはない。
依頼は失敗に終わってしまったのかと、ゴルドーは脱力する。
暗殺者としての仕事だけでいえば、対象が命を落としたのならばそれで良い。
だが、今回は秘宝を持ち帰るという追加要素があった。
どう足掻いても成功の二文字は無い。
「優秀であればこちらに引き込もうとも考えたがの。あやつの代で終わった、過去の栄光じゃったか……」
「爺さん、知ったような口ぶりだな。も、もしかして以前にも依頼を? だったらわかるだろ、今回の失敗が異例中の異例だと! そうだ、あんたの娘にもそう伝えておいてくれないか? 次は半額で受けても良い!」
「娘? お主、儂を誰と思っておる。世界の要人の顔さえ頭に入れられぬのか?」
「……? た、確か依頼主はドラゴンに財宝を奪われた一族の末裔だと……」
「そうかえ! そのような話になっておったのじゃな」
依頼主の身元は徹底的に調べる。
歴史的な資料を確認しても、あのドラゴンに財宝を奪われた一族の名があった。
その他にも独自の情報網を駆使したが、特に嘘偽りはないと判断したのだ。
だからこの老人と先程の女は、親子だとゴルドーは決めつけてしまっていた。
まさか、このような予想外のことを最後に聞かされるなんて。
引退した父と病に倒れ死んだ兄には及ばず、自分には才能が足りないと自覚しているゴルドーだが、一流の暗殺者であることに違いはない。
嫌な予感が、脳裏に走る。
「じゃ、じゃあ、あんたは何者なんだ……」
「儂か。儂は
「……な……に……?」
ゴルドーは目を
勇者正教といえば、魔王を倒し先の暗黒時代に終止符を打った英雄の一人──勇者を崇める世界最大の宗教の一つ。
ここ十数年で、その頂点に立つ教王は絶大な権力を持つまでになった。
この爺さんが、その……?
と、ゴルドーは疑いの目を向ける。
だが、
「まあお主が信じるかどうかなど、どうでも良いわ」
そんな視線を相手にもせず、老人はゆっくりと腰を上げる。
「もう二度と会うことはないじゃろうからな。暗殺を必要とする上層部にも、ガーファルドは堕ちたと伝えておこう」
「なっ……ま、待ってくれ!」
この男は考えられないほどの教徒を抱え持っている。
ここ数年は、依頼者の三人に一人がそうであるくらいに。
ゴルドーが止めに入るが、老爺は何らかの魔法を使い、どこからともなく現れた光の中に消えて行く。
依頼理由など、全ての輪郭があやふやになる。
ただ、仕事に失敗し、状況が悪化するということだけは確かだ。
ゴルドーはソファーに崩れ落ち、一言も発さずに静かに頭を抱えた。
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