第25話 その頃ガーファルド家は③
「おいッ、どういうことだ! 理由を説明しろ! 理由を!!」
ゴルドーが怒りに満ちた表情で机を叩く。
事前に調査をし設定した任務の難易度は、なんら問題ないはずだった。
大きな仕事を自分の子供たち二人だけで遂行し、その実力を先代である父親に認めさせる、またとない機会だったのだ。
しかし、屋敷に戻った息子と娘は失敗したという。
「どうせ気を抜いて足を掬われたのだろう!? ここぞという時に失敗しやがって……親を失望させて、何が楽しいッ?」
満身創痍で帰ってきたルドとルナが俯く。
「申し訳ありません、お父様。僕が……」
「難易度が間違ってたのかもしれないけど、何か上手くいかなくって」
今までミス一つなく更に難しい任務を遂行してきていたばかりに、部屋の中に気まずい空気が流れる。
「そんなわけないだろ! 俺の見込みではあれくらいお前たちなら簡単だと思ったんだがな。ちっ、一回の失敗がガーファルドの名に泥を塗ると分からないのか?」
「いえ、もちろん重々承知してます」
「ごめんなさい……」
顔を真っ赤にした父親の言葉に、二人は深く頭を下げた。
それからもしばらく、厳しい言葉を浴びせ続けられる。
今回の依頼に積まれた金額は破格のものだ。
そのためゴルドーは必ず成功に終わらせ、大きな実績を作っておきたかった。
だが、結果はこれである。
子供たちへ期待していた分、失敗に対する怒りは底知れない。
この一件が広がり、もしもガーファルド家の威信が失われては、今後の稼業に影響を及ぼしかねないだろう。
「……あの。もしかしてなんだけど……テオルが言っていたことが本当だったとかないよね? 前までならこんなことには……」
ゴルドーの怒声が小さくなった時、ルナがふと口籠もった。
完璧に気配を消し危険を排除してサポート。
自分たちに気づかれない程の技術は想像し難いが、今回の任務中からどこかで本当だったのではと、疑問を抱いていた。
「何を馬鹿なことを言っているんだっ、ルナ」
「はぁ……お前、頭までおかしくなってしまったのか? 俺から見てもアイツにそんな実力はないと言っているだろ」
「そ、そうだよね。変なこと言ってごめんなさい」
兄と父に本気で心配され、ルナは曖昧な笑みを浮かべた。
しかし、疑問が消えることはない。
「ルナがそんなんだから、僕の足を引っ張ったんじゃないのか?」
「……え?」
ルドがふと呟いた言葉に、ルナは唖然とした。
兄はなおも続ける。
「矢だって全く当たっていなかったし、そもそも巡回の位置の把握だってお前に任せるって言っただろ? あそこで見つかってなかったら、僕がこんな怪我を負う必要はなかったんだぞ? 任務だって成功してたはずだ」
ゴルドーに聞かせるようにルドは
「な、なんでそんなこと……。流石にヤバいでしょ! 大体お兄ちゃんが──」
「そう感情的になるな。お前に必要なのは反省で、反論じゃない。僕と一緒に精進するんだ、そうすればお父様だって理解してくれる。そうですよね?」
ルナの言葉を遮り、父の顔を見るルド。
まるで失敗の原因がルナにあるかのような物言いだ。
父の信頼は兄であり次期当主のルドに傾いている。
娘の反論に耳を貸す暇もなく、ゴルドーは頷いた。
「ああ勿論だ。俺だって鬼じゃない。しっかりと反省し前に進むのなら、今回の尻拭いくらいはしてやる」
テオルがいなくなり、ルドの意地の汚さが自分に向いた。
このまま失敗を擦りつけられるのか。
腹が立ち、ルナが勝手に自己完結する父に口を開こうとした時。
「大変よ、あなた! 今、使用人が……」
勢いよく扉が開かれ、母のフレデリカが部屋の中へと入ってきた。
かなり慌てているようで息が切れている。
「どうしたんだ、フレデリカ」
「そ、それが……この子たちが受けていた依頼の主が家に来て──」
「なんだと!?」
ゴルドーが大声を上げ、立ち上がる。
ルド達も怪訝な表情を浮かべた。
本来、依頼主が家を訪れることなどない。
依頼を受ける際も成功報酬を受け取る際も、使用人が別の場所で対応する。
この屋敷の敷地は厳重に警備され、近づくことすら不可能だ。
「爺さんは、爺さんはまだ帰ってきていないのか?」
「用事があると言って出て行ったままよ」
「くそッ、こんなときに。とにかくだ、目的は分からんが俺が対応しよう」
「お、お待ちください! その、目的なのだけど……依頼が失敗したと知っているようで……かなり怒っているそうなのよ」
部屋を出て行こうとしたゴルドーが足を止める。
妻のフレデリカの発言を聞き、ゆっくりと振り向いた。
「……はぁ? なぜ知っているんだ! 秘宝とやらが欲しいだけで、対象との繋がりは見つからなかっただろう」
この時、初めてゴルドーは依頼主の危険さを感じ取った。
しかし。
「ちっ……いや、もういい。もう少し待ってもらえるよう話をつけてくる。警備が厳戒になっていようが、俺が直々に暗殺を果たす」
不安そうな顔をする妻と子供達。
暗殺対象が既に死んでいると知らないゴルドーは、不機嫌に舌打ちをし、足早に部屋を出て行く。
その背中をルナ達は心配そうな目で見つめる。
破滅はもう、すぐそこまで来ていた。
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