4話 そういえば

 俺の住むアパートに向かって、みやびと歩いている。


雅虎まさとら君」

「どうした?」

絢子あやこちゃんたち、元気かな?」

「あー、元気じゃないのか?」

「だといいね」

「だな」


 絢子とは俺の幼馴染みの森枝もりえだ杏子きょうこの妹で、姉に負けずかなりの元気いっぱいの猛獣である。

 まあ、杏子の方が超ヤバいけどさ。



「くしゅん!」

「杏子、風邪?」

「誰かが私の悪口言ってるこれ」

「噂じゃなくて?」

「いんや、絶対悪口!きっとー…虎ちゃん辺りだな」

「いやいや、まさか」

「のぞむぅか雅ちゃんが迷惑しているのが目に見える!」

「こらこら」


 森枝杏子と彼女の彼氏の金戸かねと武蔵むさしの会話である。



「ううっ…」


 背中がブルッとした。


「大丈夫?」


 心配そうにする雅。


「悪寒…杏子が俺を睨んでるかも」

「何か杏子先輩のこと悪く言ったの?」

「いや、絢子より杏子はヤバいと思っただけ」

「それは悪口になるよ、ダメダメ」

「すんません」


 杏子よ…いや、とりあえずごめんなさい。

 あれよあれよと、アパートに到着した。



 雅と俺は横に並んでソファに座っている。

 ためしに絢子に連絡してみたら、秒で『虎兄、おひさー!』という、元気いっぱいのテンションが返ってきた。


「相変わらずだな」

「だね♪」


 雅と一緒にメッセージのやりとりをしていく。



 絢子の他に、雅の幼馴染みの瀬戸せとみなと、絢子の親友である弓削ゆげ澪那みおな、弓削の彼氏の小祝こいわい聡希さときは可愛い後輩である。

 彼らは今、高校2年生でまた同じクラスだそうだ。

 絢子は弓削とイチャイチャしていると言っていた。

 イチャイチャって、オイッとツッコミ。

 湊は襟を正してしっかりと絢子の手綱を掴んで、弓削と共にコントロールしているのだとか。

 そして、大人しい小祝は我関せずを貫くも、少しずつみんなの輪に馴染んでいた。

 弓削と小祝は密やかに仲良くて羨ましいと絢子は言っていた。

 本の貸し借りする光景、4人で一緒にいるのに2人の世界になるとか。

 見ていてほっこりふにゃふにゃになると絢子は幸せそうな顔の女の子のスタンプと共に会話する。


「平和だな」

「可愛いね」


 俺と雅は微笑んだ。


「ねえ?」

「ん?」


 雅は突然俺に背を向けて膝の上に座った。


「はい?」


 脈略ないので驚く俺。

 雅を支える為に、腰に手を回していいものか。

 それにしても、軽い。良い匂いがする。

 どうしよう、俺。

 ドキドキしてきたな。


「あのー…雅さん?」

「なに?」

「急にどうしたんだ?」

「何が?」

「俺の膝の上にお座りになられてさ?」

「あぁ」


 言われて思い出しました的な反応をした雅。


「どかないよ?」

「良いですよ?」


 俺は勇気を出して、雅の腰に手を回した。

 ビクッと雅の体が震えた。

 細いな、ウエスト。

 ちゃんとご飯食べてんのか心配になるが、よく考えたら意外と食べる方だから大丈夫か。

 代謝が良いのだろうか。

 運動をして体型キープしてんのかな。

 涙ぐましい努力をしてんのかもな。

 俺なんて何にも。もやしだ、もやし。

 筋トレしようかな。


「重たくない?」

「軽いよ」

「ほんと?」

「大丈夫だから安心しな」

「うん」


 安心したのか少し体重をかけてきた雅。


「なんか、つばめも里も絢子ちゃんたちもさ」

「うん」

「みんな、良いなーって。幸せなんだなーって」

「うん」

「そう思ったらさ」

「うん」


 雅はゆっくりと俺の方に向きなおして、また膝の上に座る。

 真正面で、凄く近い。

 お胸の迫力に、生唾を飲む。

 潤んだ瞳を見て、さらにドキドキしてきた。

 ヤバい、のぼせるぞ。

 でも、退かしたくはない。

 なんで?決まってんだろう。

 可愛いからさ、うちの彼女は。


「甘えたくなっちゃった」


 可愛く甘えるように言った雅。

 珍しい、というか、初めてかもしれない。

 いつもなら、自然と手を繋ぐ、ハグしていいか許可を得てから実行する、あとは頭を撫でてやることくらいだ。

 雅から積極的なことはないため、本当に可愛すぎる。

 自制してはいるが、さあ持つか不安になってきた。


「雅」

「はい」


 主導権はまだ彼女のようだ。

 余裕の顔を見るによく分かる。


「何時までここにいるんだ?」

「うん…」


 逡巡して後、一言。


「夕方まではいたいかな」


 ホッとした。


「お泊まりは、また


 その今度の時、安心安全に、過ごせますようにと祈る。

 見詰め合っていると、雅は抱きついてきた。


「もう少しだけいい?」

「いいよ」


 優しく彼女を抱き締めた。

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