#3 子づくり
「シロちゃん、結構人懐っこい子なのかと思ったけど、人見知りなんだね。トモミさんにだけ懐いてる感じ?」
「はー、マジ勘弁。当て馬にされるこっちの身にもなれっての……」
にこにこと朗らかな不言コトニと、心底うんざりとした様子のムツキ。対象的な二人はじっとシロの方を見つめていた。
鴨ノ羽トモミに頼らなければ会話すらできない状況に、どうやら悪印象は与えていないようである。与えてはいないが、シロはその視線が怖くてたまらなかった。
何を話せばよいだろう。どんな表情でいればよいだろう。
手の中にかいた汗をワンピースに擦り付けて、シロは声を絞り出す。
「あ、う……あっ、す、座ります、か? クッション、いっぱいあるよ」
「ありがとう! じゃあ、お言葉に甘えて!」
コトニはぽすりとビーズクッションに腰を落とす。ムツキしばらく、素直に座り込んだコトニを信じられないものを見るような目で眺めていたが、やがてビーズクッションの横、短毛のカーペットに腰を下ろした。
さて、残されたシロはといえばワンピースを掴んで震えていた。
クッションを勧めた後、何をすればよいのか――それが全く検討が付かなかったのである。
トモミ以外とまともに話したことがないシロにとって、コトニとムツキは、言うなればびっくり箱のような存在であった。
何が飛び出るのか、何が入っているのか分からない。そしてそれが、シロにとってどのように作用するのかも。全くもって不透明なのであった。
怖い。ふるふると、雨に濡れる子犬のように震えるシロを見かねてか、コトニが話し掛けてくる。
「シロちゃんはいつからここにいるの?」
「ずっと……ずっと、だよ。家にはずっといるものなんでしょ?」
シロは生まれてからというもの、ずっとこの空間にいた。物心がついた頃にはトモミが傍にいたし、オムツやおねしょの処理も彼女にやってもらっていた。
シロの成長に合わせて部屋の家財などは入れ替えられたが、大まかなレイアウトは変わっていない。
シロにとって三十畳の部屋が世界そのものであり、トモミこそが世界の同居人なのである。土足で踏み込んできた三人の少女に歓迎の意が湧かないのは、困惑を恐怖が上回っているからであった。
「家、家か……。こんなところが、ね」
呟くムツキの声は、納得がいかないようである。思わずひやりとした。
「ち、違うの? ここ、家じゃないの? 部屋があったら家ってトモミさん言ってたよ」
「いや……まあ、間違ってはないんだよなぁ。ま、別にいいや。それでいいなら。――で、小生にビーズクッションを勧めたってことは、それなりに意義ある話題を用意していると認識してよいのですな?」
「え……い、意義? 二人はぼくの赤ちゃんを産むんでしょう? 赤ちゃんを生んでくれる人とは仲良くしなさいって、トモミさんが言ってた」
「あー、そういう。はいはい、把握です。つまりシロ氏は小生と仲良くなりたいと」
「う、うん。何か変、かな?」
おずおずと問い掛けると、ムツキはじっとりとシロを見つめ返した。
「いーや、何にも? ただ滑稽だなぁって思っただけですわ。ま、シロ氏には関係のないことですし? 素直に『仲良く』すれば全く問題はないんでしょ」
まるでいつか図鑑で見た肉食獣のようだ。シロは一人、身体を震わせた。そんなシロを見かねてか、コトニがムツキの肩を叩いた。
「ムツキちゃん、意地悪しないで。――こんなこともあろうかと、アタシ、トランプ持って来たんだよ。一緒に遊ぼ?」
「トランプとかアナログが過ぎて草」
「いーの、いーの! こういうカードゲームが、何やかんやで一番盛り上がるんだから! ほら、シロちゃんも座って」
余っていたビーズクッションをシロの足元に押しやって、コトニはトランプを取り出す。
何度か遊んだのか、端の折れた札もある。束ねた札を下から掬い上げるようにシャッフルしていくその手付きは、いつか映像で見たマジシャンのように鮮やかだった。
対するシロは、クッションに腰を降ろせずにいた。平然と、まるで何でもないようにくつろぎ始める二人に、疑問を投げ掛けずにはいられなかった。
「赤ちゃん、作らないの?」
「えっ……」
ぽかんと目を丸めたコトニが、シロを見上げる。
「つ、作りたい? 今?」
作りたいかと訊かれると、沈黙せざるを得ない。シロは、己の精子をもって三人の少女たちと性交渉を行うとばかり思い込んでいる。しかし当の少女はと言えばまるで興味がないようで、全くシロを意識する素振りも見せない。
まさかとは思うが、トモミの早とちりなのではないか――そんな疑惑すら浮かぶ。
「あ、やるならお二人で勝手にどうぞ。小生は出て行くんで」
「もー、ムツキちゃんってば。……出会ってすぐ、っていうのも嫌なわけじゃないけど……でも、折角なら、相手のことを知ってから繋がりたいと思わない?」
知ってから繋がりたい――コトミの言葉を反芻すれば、彼女はトランプを三組に分けながら頷いた。
「さっきシロちゃんも言ってたでしょ、『仲良くなりたい』って。アタシ、もっとシロちゃんと仲良くなりたいんだけど、駄目かな?」
「……まあ、鴨ノ羽さんも言ってたように、どうせ長い付き合いになるだろうから、そんな急がなくてもいいんじゃないッスかね。どーしてもって言うなら止めないけどさ」
子供を作るため、とは言えそれを強要してはいけないことは、トモミからも教わっている。二人が乗り気でないならば、シロは引き下がるしかなかった。内心鴨ノ羽トモミに謝りながら。
「誰から始めるか、ジャンケンしよー! あ、シロちゃん、ルール分かる?」
「う、うん。トモミさんとやったことある。ババ抜き、だよね?」
「そうそう、同じ絵札を揃えるやつ」
嬉しそうにルールの説明をしてくれるコトニの、斜め後ろにシロは腰を下ろす。
どうにも横に並ぶことが
「最初はグー」
「パー」
公平を期すためタイミングを計るコトニに対して、ムツキは手を開いて見せる。
現状、二人の間にあるのはパーとグー、すならち『紙』を表すムツキの勝ちである。
「はーっ!? そんなのズルでしょ!? ノーカンだよ、ノーカン!」
「ひひひ、勝ちは勝ちなんですなぁ。負け犬の遠吠え、みっともないですぞ?」
「ん~っ、お姉ちゃんみたいなことして~! 腹立つ~!」
悔しそうに歯を食いしばるが、その横顔は楽しそうだ。
出会った当初は人形のように精巧な容姿と誰にでも平等に接する大人びた様子が印象的な少女であったが、今のコトニは年相応の無邪気さを見せる。着飾った彼女よりも、ずっと魅力的だ。
「ほれほれ、そうこうしているうちにシロ氏の番ですぞ」
「え、ええ~っ、ま、待って、手札の同じやつ、まだ捨ててないから……!」
「シロちゃん遅いよ~! ほら、手伝ってあげるから」
そう言って、コトニはシロの手元を覗き込む。
手札を見られる――シロの頭にあったのは、何よりもそれであった。慌ててコトニから距離を取ろうとするが、ワンピースの裾を踏み付けてしまい、姿勢を崩す。
ぱっと散るトランプ兵。
倒れるシロを引き留めようとしたのか、コトニが手を差し出すが、バランスを取ろうと暴れるシロの足がそれを拒む。
どさりと、倒れるシロの上にコトニが覆い被さった。
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