知らなーい死ななーい意味もなーい


「却下を却下しまーす!」

 どうしても俺にあの気色悪い部屋を見せたいらしいメアリによって、ループ前と同じ状況が生まれてしまった。それにしても全く変化のない部屋に連れて来られると複雑な気持ちになる。間違い探しでも強いられているのかもしれないが、多分違いはない。何となく分かる。


 ―――また土下座しなきゃいけないのか?


 土下座は究極の謝罪という一面があるものの、使えば使うほど効力を無くすデメリットがある。簡単に頭を下げるなと言う人間はそれを忠告しているのだ。ループについて尋ねるとメアリは今の所確実に誤魔化してくるが、俺だけがループに気付いている道理はない。しらばっくれているだけに決まっているので、次土下座をしたら二回目だ。効力は最初のそれと比較すら出来ない。きっと恐ろしく劣化している。

「…………あ!」

「え?」

 明後日の方向を見て何かを見つけたとばかりに大声を出すと、メアリの視線がそれに釣られて流される。同時に俺は部屋を飛び出すと、今度はここに来るまでの道程など考えもせず手当たり次第に入室した。

 どうせ常識などメアリが歪めてしまう。なら何処の部屋にどう入っても同じだ。首吊りの部屋とか、水着一色の部屋とか、色々な女性のマネキン部屋とか、怪しい陣が描かれた黒魔術部屋とか。入る部屋全てに目を引くものが必ずあったが、気にしなければ只の部屋だ。構わず入室と退室を繰り返し、少しでもメアリから離れんと走り続ける。

「あ、お帰り~!」

 次のドアを開けた時、そこはまたも俺の部屋だった。ドアノブを回したと思ったが実際に俺が出てきたのはクローゼットであり、メアリは注意を逸らした場所から一歩たりとも動いてなかった。

「……どうあっても、俺を帰す気が無いんだな」

「うふふ♪ 創太が一日中この部屋で私を視てくれたら帰してあげるよッ」

「懲役十五年喰らった方がマシまである。大体何で俺がそんな事しなくちゃいけないんだ」

「ご飯食べたでしょ?」

「恩があるから報いろってか。じゃあ言わせてもらうがご馳走になった程度じゃ足りねえよカス。こっちは実質的な拷問喰らうんだから、もうちょっとサービスしてくれたっていいんじゃねえのか?」

「ふにゅ~? ……具体的には」

「俺に二度と近づくな」

「酷ーい! 友達なのにぃ」

 莢さんには悪いが、俺は一度とてこいつを友達と思った事はない。コイツは悪だ。現代に唯一存在する絶対悪だ。戦隊モノに出る怪人が現実に存在しない事など分かり切っているが、それでも怪人に似た存在は居る。それが周防メアリだ。


 倒さなきゃならない悪。蔓延ってはいけない正義。


 打倒したいが、同時に背中も向けたい。関わらなきゃ倒せないが、やはり関わりたくない。嫌悪一色の感情だが、少し考えるだけで様々な分類に分けられる。欲張りな話だが、俺はその細分化された感情全てを成し遂げたいと思っている。その一端が反映された結果こそ前述の要求なのだが(わざわざ乗り込んだ癖に関わらないでくれと頼みこみに来たのは矛盾だろう)、案の定、通らなかった。

「じゃあ……お前の倒し方を教えてくれ」

「倒し方?」

「正直言って俺はお前が嫌いだ。お前に掌握される世界も大嫌いだ。俺にさえ関わらないでくれるなら無視するのもアリかと思ったが、お前が俺に関わってくる限りそんな選択肢は無いってわかった。だからお前を倒させてくれ。全人類を殺すなんて俺には出来ないが、お前一人殺すくらいなら……俺でも出来る。犯罪者にはなるかもしれないが」

「……創太君の気持ちはよく分かった。でも倒し方なんて存在しないよ? 人には死に時があるだけ。私も死に時が来れば死ぬし、そうじゃないなら死なない。いつも言ってるのにまだ分からないんだ。可哀想な創太君。度々私を脅すのに、殺す覚悟が持てないなんて」

「お前―――あんまり舐めてると、本当に殺すからな!」


「だから殺せばいいって言ってんじゃん」


 メアリは部屋の隅に置かれていた椅子を手に取って、歪んだ笑みを浮かべながら語りだした。

「これで私を殴ればいいよ。何度も殴ってたら足か取っ手が壊れる。壊れた部分で今度は刺せばいい。私の胸でも、顔でも、足でも、膣でも。好きなだけ刺せばいい。あ、眼球ってのもいいかもね」

 それだけに留まらず、次に彼女は布団のシーツを手に取った。

「これで私を窒息させればいい。暴れる私を強引に力で抑え付けて、呼吸が弱まるのを待てばいいよ。それともハサミで切って細くして首でも絞める。私の顔が青くなって泡を吹くのを眺めてる? 敢えて腕と足を縛って殴る? 私がどんどん衰弱してく様は興奮するかもしれないよ? それとも―――」

「もう喋んな!」

 聞いてるだけで気分が悪くなってくる。ホラーやゴアが特別苦手とは言わずとも、メアリの言葉に引かれて俺の脳内は勝手にその状況をシミュレートし、疑似感覚を伝えてくる。首を絞める感覚、物を叩きつける感覚。想像するだけで手が震えてくるのに、初見ではないという感覚が掌の上にべったり張り付いて不愉快だ。

 何よりも不愉快なのは、自分の殺し方を嬉々として提案してくるメアリの表情だ。死に時が来ないと死なないという割には、確実に死ぬ方法ばかり提示してくるのは何故? それでも自分は死なないのだと宣うつもりか。

「……どうしてそこまで、自分の命を蔑ろに出来んだよ。お前、それでも人間かよ」

「自分の命が大事って誰が言ってたの。それに、創太君が視てくれるなら何されたってどうでもいいんだよ。殺そうが犯そうが殴られようが蹴られようが。所詮命一つだもんね。どうでもいいよね」

「……その割には、俺が死んだ時、助けてくれたらしいじゃねえか」

 嫌味のつもりで言ったが、メアリは何も答えてはくれなかった。

「―――今回も、お願い聞いてくれないんだね」

「当たり前だ。ぶっ飛ばすぞ」

「じゃあ、もう帰っていいよ。時間はたくさんあるもんね」

 え?

 今回はやけにメアリが潔い。彼女が手近な扉を開けると、そこは玄関だった。てっきり裸足で帰らされるのかと思ったが、靴は既に外の世界へ爪先を向けていた。裸足で芝生を歩く心配は要らない。

「何で俺を帰すんだ?」

「帰りたくないなら帰らなくても良いよ」

「いや、帰る。でも―――」

 あちら側にメリットが無い。それどころか、そもそも俺と口論する意味が無い。彼女がその気になれば、この部屋に俺を縛り付け、瞬きを許さず、強引にでも己の目的を達成させる事だって可能な筈だ。何故それをしない。今までの関係から俺を説得出来ないのはあちらも知っているだろう。そのアプローチが駄目と分かるや否や、どうして直ぐ諦める。何故粘らない。別角度から切り込まない。

「―――いや、いい。じゃあな」

「じゃあね。また明日」

 靴に足を入れて一歩踏み出すと、俺を埋め尽くしていた影が消えた。驚いて振り返ると、玄関どころか何も無い。俺は敷地の外に居た。空はまだ青々としており、暮れる様子は無い。やはり最初のループは時間操作をしていたのか。



「お待ちしておりました、創太様」



 前方には、俺の送迎を仰せつかった莢さんが深々と頭を下げていた。


  

「……済みません。莢さん。少し話したい事が」

「一先ずは、ご乗車下さい。私は逃げも隠れも致しません。話はそれからでも遅くないでしょう」























「そうですか。メアリ様はご自分を蔑ろにしていらっしゃる」

「いらっしゃる、じゃないですよ。聞いててこっちが気持ち悪くなってきたんですから。メアリって昔からああだったんですか? ていうかいつ変わったんですか?」

 もし豹変前まであの様なら、俺はメアリという存在と遺伝子レベルで合わないのだと確信出来る。俗に生理的に無理という言葉で表されるこの嫌悪感は、並大抵の嫌悪を全く跳ね除けてしまう。

「メアリ様が変わったのは……いえ。変わったのはアマラ様ですね。私の記憶が確かならば、あれは確か四歳の頃……ええ。当時のアマラ様の変化は良く覚えています。私の眼から見ても異常だった、と言えるでしょう」

「何があったんですか?」

「アマラ様は当時、この町で知らぬ者は居ないとされておりました。絶世の美人だったのです。この町に居る男性全てが、アマラ様が既婚者だと知った上でアプローチしておりました」

「過去形なのが何か悲しいですね」

「今はメアリ様に染まっておられますから。話を戻します。アマラ様はご自分の美貌に自信を持っておりました。当時のメアリ様もアマラ様の事は慕っていた様に思えます。全てが明確に変わったのは、恐らくあの時―――当時の月祭りに参加した日の事でした」 

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