それは世界と常識を侵す
ツイーター。
SNSの一種であり、日本だけでなく世界中で愛用されているサービスだ。俺はアカウントを持っていないから詳しい事は言えないのだが、たったこれだけでもそのヤバさは伝わるだろう。
分からないなら、敢えてもう一度言おう。世界に繋がっているSNSにメアリが関わる。これは非常に宜しくない事だ。修学旅行先もメアリの影響を受けた。ネットで相談したら何故か俺が叩かれた。アイツの存在は『正義』であり、どんなひねくれ者もその『正義』には逆らわないし、歓迎してしまう。
そんな彼女がツイーターをやればどうなるかなど火を見るより明らかだ。
「…………おいおいおいおい。おかしいんじゃねえのか」
検索エンジンを介してツイータへ移動。メアリの名前を検索した俺は言葉を失った。SNSには割と疎い方だが、それでもあり得る事とあり得ない事の区別くらいつく。
アカウント作成から数十分。発言数たったの一回。にも拘らずアカウントのフォロワー数は二百万を超えていた。
因みに肝心の発言は、
『今日の夜、私達の町で月祭りをやります! 予定が空いている人は是非来てください! 予定が立て込んでいて来れない人は、これからこちらの方で生放送をするので、そちらへお越しください!』
という文言と共にURLが記載されている。飛ばされた先はライブストリーミング配信サイトであり、既に放送は予約されていた。待機人数は九〇万人以上居る。アカウント作成して一日も経過していない奴が叩き出して良い数字ではない。コメント欄では信仰が不特定多数の人物によって書き込まれており、中には彼女を様付けするあからさまな信者まで居た。
「…………二百万って。この町ってそんな人口居たっけか」
その疑問は程なく解決された。メアリで検索を掛けた時にチラリと映りこんでいたが、信者共のアカウントが狂った様にメアリの事を宣伝しているのだ。その宣伝が流れる所まで流れた結果の二百万人か。驚くべきはまだまだ打ち止めではないという事実。ツイーター画面を更新すると、フォロワー数が再び跳ね上がった。
「………………これ、早めに決着つけないとやばいよな」
もうチンタラしていられない。このままでは世界そのものをメアリに掌握されてしまう。全世界の人間がツイーターをやっているとは限らないが、絶対にやらないとも限らない。例えばその人の友人―――がメアリの事を話したら、或は風の噂でメアリの名前を聞いたら。些細な切っ掛け一つで、普通の人は信者へと変貌してしまう。今までは街一つで済んでいた(修学旅行除く)彼女の支配が、遂に世界へと手を伸ばしたのだ。
こうなってしまった以上、俺は早い所メアリを打倒しなければいけなくなった。だがその具体案は未だに思い浮かんでいない。アイツの幸運は知っているから物理的には絶対殺せないし、精神的に殺そうにも口論で勝てる気はしない。アイツの学校の成績はオールA。幾つかAがある程度の俺では勝負にすらなるまい。
所で如何なる手段で以ても勝利出来ない相手を倒すにはどうすれば良いのだろうか。時に定めを覆す『運』という要素も全面的に彼女の味方をしている。俺に勝ち目はない。でも勝たなければ、地球はメアリの所有物になってしまう。
何とか対抗策を考えた結果、俺はメアリとの個人チャットにこう言い残した。
『お前、いつだったか忘れたけど、俺の家に遊びに行くとか言ってたよな? あれさ、俺がお前の家に行くって事でも良いか? 何なら来週』
市長としての仕事はたくさんあるだろうに、間髪入れずに返信が返ってきた。因みに行く行くと言っておきながら来ない件については特別恨んでいない。来ない方が都合が良いし、仕事を優先してもらわないと信者にリンチされかねない故。
『いいよー! あ、フォローした?』
『アカウントねえよ』
『作ってよー』
『俺が作ったら信者共に袋叩きにされるだけだろうが少しは考えろ死ね』
最後の言動は俺の癇に障ったが、とにかくこれで約束は取り付けられた。正直、かなり焦っているが、これくらい積極的に動かないと、アイツを打倒するよりも早く世界がアイツに取られてしまう。それだけは、何としてでも避けたいのだ。
全知全能はこの町の中で完結させなければならない。
これ以上この世の理を乱されたくない。
「…………やるべき事はやった。これ以上俺に出来る事は無い。無い筈だ。うん」
メアリがくれた情報は今の所クソの役にも経たない。そんなものを気にするより、今は目先のお祭りを楽しむ方が重要だ。
己の両頬を二度叩いて心機一転。俺はトイレを後にした。
命様の所へは戻るに戻れない。仕方がないのでもう一度梧医院に戻ってきた。つかささんはまだ眠っているそうだが別にどうだっていい。飽くまでお祭りの時間まで時間を潰したいだけだ。なので俺には毛布一枚くれるだけで良い。待合室として機能していないあの部屋で眠っていれば時間は勝手に潰れて消える。
そら、医院が見えてきた。幸音さんが居たらまた追い返されそうだが、彼女はつかささんを労っているだけで俺を邪険にしている訳ではない。事情を話せば部屋の隅くらいは貸してくれるだろう。そうでもしてくれないと、俺は退屈のあまり死んでしまう。
「すみませーん」
挨拶も程々に医院の中に入るも、出迎えが無い。幸音さんは出かけてしまったのだろうか。入れたのは好都合だが、鍵を掛けなかったのは不用心すぎる。つかささんが眠っていると仮定しても睡眠中程無防備な状態は中々無い。俺だから良かったものの、荒らされたくないなら鍵は掛けた方が良い。
本人にアドバイスしたかったが、受付の椅子に彼女の姿は見えなかった。代わりにあったのは数冊の本。共通して言えるのは装丁がボロボロである事と、この町の歴史について語った本である―――
借りてたのつかさ先生じゃんッ!
世間の狭さを思い知った。こんな所にあるのなら早い所言ってほしかったが、彼等が俺の事情など知る由もないのは重々承知。結果論ありきで責めるのはお門違いも甚だしい。咎めこそしないが、これで『ツキハミ』の事が分かれば……当初の目的は達成した事になる。
診察室の方に動きが無い事を確認してから、気持ち空き巣の俺は本を手に取った。
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