提案

「いるかーーーーー!こんな奴ーーーーー!」


月曜夜9時半頃。自室のTVを前にして、モデル兼俳優のジュン─本名クォン・ウォンジュンは年に1回上げるか上げないかというレベルの怒声を発していた。

TVに映し出されているのは自身が大手企業の御曹司役で出演している連続ドラマのワンシーン。高級クラブの接待に招かれた御曹司が、化粧で隠されたホステスの顔の痣を見抜き「汚い」などと侮辱してみせる場面だ。


「いい大人が他人の痣見てわざわざ何か言うか!見ても『痣あるな』ってちょっと思うぐらいで何も言わんやろがい!言う奴おったら引くやろがい!現に引かれとるやろがい!」


TVに映る自身に向け怒り散らし地団駄を踏むウォンジュンの隣では、黒地に金刺繍のジャージという絵に描いたようなヤンキースタイルの大男がベッドを背もたれにして床に座り込み、大口を開けゲラゲラと笑っている。男の右目頭周辺には楕円に広がった大きな赤痣。

ウォンジュンは呆れたような表情を見せると、男の隣に座りその首に抱きついた。


「シゲ〜?この役ね、お前に一番見られたくなかったんだけど」


「なんで?キャバクラでふんぞり返ってんのがコントみたいだから?」


「めっちゃ失礼〜」


不満げなウォンジュンの腕に首を圧迫されながらも、シゲと呼ばれた男は笑い続ける。

シゲ─首藤盛重はウォンジュンの同居人であり、2年ほど交際をしている恋人でもある。盛重には顔をはじめとした身体の広範囲に生まれつきの赤痣があり、物心ついてからずっとコンプレックスを抱いて生きてきたという。

ウォンジュンと出会ってから痣に対するコンプレックスは薄れつつあるようだが、それでもウォンジュンは御曹司としての演技を見た盛重が傷つく可能性を懸念しドラマのことも知らせないでおいた。しかし放送日である今日、仕事から戻ると盛重がドラマを見ていたのだ。

幸いとでも言うべきか、盛重は見慣れた顔が液晶の向こうで偉そうに振る舞う様子に大笑いしている。どれだけ売れても生活水準を上げない慎ましやかな生活態度が本来ウォンジュンの持つ性質であるゆえに、画面越しに繰り広げられる非現実的な光景が面白くて仕方が無いのだ。


「ジュニ、もしかしてホステスの痣を笑うシーンのこと気にしてるの?」


笑いながら盛重が尋ねた。唐突すぎる話の展開だった為にウォンジュンは一瞬固まり、すぐに「まあ」と返した。


「正直演じる時にちょっと声震えちゃった…クランクアップする前に心折れそう」


「でもアレ悪役でしょ?どうせ最後に泣きを見るんだから、それをよすがに頑張ってみたら?」


「泣きを見るとも限んないよ。脚本家が相当な癖者だし」


「えーでも今更降りるわけにもいかないでしょ?…あ、」


盛重の口許が悪戯でも思いついたかのように歪む。そしてウォンジュンに向け「御曹司になりきれる?」と問うた。


「やろうと思えばまあ…何する気?」


「当初自分が嘲ったものと同じ特徴を持つ相手からメチャクチャにされたら、御曹司にとってはかなり屈辱なんじゃないかなぁ」


「…な、な、な、何?痣?痣のこと?そ、そういう自虐は良くないよシゲ?てか何、何しようとしてるの?」


盛重は何も答えずに服を脱ぐ。首から右胸、右腕にかけての広範囲と左脇腹が赤黒い痣で染まった上半身は筋肉が程良く隆起している。

逞しい肉体を前にウォンジュンは思わず生唾を飲んだが、同時に盛重の意図を察し恐怖が湧き上がってきた。


「ジュニを通して御曹司が屈辱を覚えれば、ジュニの中でも心の整理がつくと思うよ」


「いやいやいやシゲそれはシゲがヤりたいだけだよねヤる口実を作ろうとしてるよねやだ怖い怖い怖い」


抵抗する間も無くウォンジュンの口唇が塞がれ、口内にヌメリとしたものが入り込んだ。その味は微かに甘かった。

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