サイカイ【8】


「……本当に、何から何まで、ありがとうございます。嬉しさのあまり、写真撮るの忘れてました。でも、せっかくなら、一緒に写ってくれませんか? 今日の思い出なんですから。あとで見返したときに、私と一緒にいるはずのハルトさんがいないのは、なにか違う気がするんです」


 ルトさん、と声に出しかけたのを、すんでのところで踏みとどまる。私は亡くなった彼のことをそう呼んでいた。


 運転が好きなところも、さりげない気遣いも、在りし日の彼と重なって、ふたりの線引きがだんだん曖昧になってくる。


 非現実きわまりない話だが、いま隣にいる彼が本当にルトさんであるような気さえする。現時点で私に確認できる決定的な違いは、ひとつしかない。


 それでも、ハルトさんのことをルトさんと呼ぶ気はない。私がそう呼ぶと決めたのは、後にも先にもひとりだけだ。これは彼に捧げる愛称なのだから。


「そっか。じゃあ、お言葉に甘えて。えーと……いま周りに誰もいないから、自分たちで撮るしかないか。馬車全体は映らないけど、それでも大丈夫?」


 馬車に向かって進む私の半歩ほど後ろを歩いていた彼は、いつの間にか隣に並んでいた。


「もちろん。馬車は馬車で撮りますから、中に入ってふたりで写りましょう」


「うん。……では、お手をどうぞ、お姫様」


 足元に車高の高い乗用車ほどの段差があるため、ヒールの私を案じてくれたのだろう。


 ひょいっと先に乗り込んだ彼は、振り返って手を差し伸べた。そっと重ねた手を、しっかり握って引き上げられる。


「ありがとうございます。本物の王子様みたいですね」


「どういたしまして。『王子様』って断言してくれてよかったんだよ」


 戯ける彼の笑顔が少し曇って見えるのは、きっと見間違いか気のせいだ。そうあってほしいと思う、ひとりよがりな私の願望だ。繋がれた手の温度や質感にすら懐かしさをおぼえたのは、恋しさから来る錯覚だ。


 そう言い聞かせても、高鳴る鼓動は真実を語る。


「……柄じゃないので、恥ずかしくて。ごめんなさい」


 標的を捕捉するようにしっかりと両目の奥まで見つめてくる彼から、逃げるように首ごとぐいっと視線を逸らす。


「ううん。それよりほら、笑って笑って! 写真撮るんでしょ? 準備はいい? 行くよ。せーの、ビビディ・バビディ・ブー!」


 聞こえてきた魔法の呪文に、思わず振り返って吹き出してしまう。そうか、彼ならこういう使い方も出来るんだこんなまほうもおてのもの


「掛け声!」


「たまにはこういうのもいいでしょ。特別バージョンってことで。見てよ、すっごくいい笑顔」


 ほぼノータイムで撮影に移行したものだから、まだ繋がれたままの手がくすぐったい。見やすいようにこちらに傾けられた画面には、恋人同士のようなふたりが映し出されていた。

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