サイカイ【2】


「お。それじゃ、行き先については問題なしってことでOK? なら、本題に戻るけど。俺たち、この数分でかなり打ち解けたと思わない?」


「それはどうだか……あなたの顔、死んだ彼氏にそっくりなので。こちらとしては、初めて会った感じはしないのですが」


 躊躇いつつも、彼とよく似た別人に打ち明ける。独りでは、この奇妙な感覚に耐えかねた。


 とはいえ、知人に似ているなどと言われただけでもリアクションに困るだろうに、ましてそれが死人だなんて、さぞ気味が悪かったことだろう。言ったそばから、波濤の如き猛烈な後悔が押し寄せる。


「そうだろうね。俺はまさに君の死んだはずの彼氏なわけだから。いえーい、元気してたあ?」


 男は気を悪くした素振りも見せず、右手で作ったピースサインを目の横に翳しながら、けろりと言ってのける。


「はいそうですか、ってなると思います?」


 思いもよらぬ告白に、そう返すのが精一杯だった。そんなはずはないと反論したいところだが、急拵えにしては、冥界だの死んだ彼氏だの、突飛なくせに世界観が一貫している。


 彼が甦って私に会いに来たとでもいうのだろうか。やはり、数日後に控えたハロウィンにかこつけた大掛かりなナンパなのかもしれない。とんだ役者に捕まったものだ。


「うーん。さすがに厳しいかあ……」


「そうですね。あ、最後の質問の答えがまだでした。元気ですよ。特に問題ありません。お気遣いどうも」


「そっか……うん、答えてくれてありがとう。じゃあ、申告通り、元気な人として見ることにするね!」


 話が長引きそうな予感に、重心を左から右足へと移す。


「ええ。それで、さっきのタチの悪い冗談についてですが」


「冗談なんて言ったかな?」


「言ったでしょう? 確かに、顔だけでなく背格好や声、一人称に至るまで彼そのもののように思いますけど、中身があまりにも違います。あなたは、私の愛したひとではありません」


 正直なところ、記憶力に自信があるほうではない。大体のことは寝れば忘れる。


 しかし、彼のことに関しては別だ。別れても克明に思い出せるように、あらゆる媒体を駆使し彼を記録した。


 会話内容の概要もデートのあとに日記に認めるようにしていたのは、我ながら執念の為せる業だと思う。それらを何度も見返しては、あれもこれもと必死で脳裏に焼き付けた。


 それがこんなに早く役立つ日が来るなんて、皮肉にも程があると思ったが。


「他人の空似だって?」


「はい。彼は物静かなひとでしたし、第一、あなたのように軽薄ではありませんから」


 彼との違いを証明せんがために躍起になり、必要以上に語気を強めてしまう。


 現時点では無害なこの人と彼とを明確に区別するために、必死で根拠をかき集めている滑稽さから目を背けながら。

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