第50話ブラックドラゴン

■■■ブラックドラゴン視点


 ボクの名前はブラックドラゴン。黒いからみんなからそう呼ばれている。主食はシャインブラックベリーで、今のところそれだけしか食べられない。もちろん草食だ。胃がとても弱くこの森でしか育たないシャインブラックベリーを自分が食べる分だけ栽培しながら今まで何とか生きてきた。ボクの胃はこのシャインブラックベリーしか消化できないのだ。


 体は大きいけど、胃は小さく少食なので今まで何とかやってこれた。ただ生きるだけのシャインブラックベリーを栽培し、慎ましやかに静かに生きる。ただそれだけがボクの望みだったのに、全てが一瞬にして絶望へと変わってしまった。


 突然の爆炎と轟音。ボクの大きな姿を見て攻撃をしてくるなんて余程の強者に違いない。


 ああ、終わったな……。


「あ、あぁぁ……。ボクのシャインブラックベリーが……」


 爆炎により大事に育ててきたシャインブラックベリーの木が一瞬にして爆炎に包まれ、全てが燃えあがっている。シャインブラックベリーは育てるのに時間が掛かるので奇跡的に種が残っていたとしても、ボクが食べられるのは二年後……。


「二年間絶食かぁ……。ははっ、はははっ……終わった」


 餓死することが確定した。シャインブラックベリーをこの森以外で見つけたことはない。


 いや、その前にこの爆炎魔法を操る強者に倒されるのか。ボクの戦闘力は見た目とは違って皆無だ。草食で少食だからね。パワーなんて全くなければ便利な魔法も扱えない。


「お前がブラックドラゴンだな。悪いがレン様のためにお前を倒さなければならなくなった」


 誰だろうレン様って。ボクが何をしたというのか。ただ慎ましやかに静かに生きていただけなのに……。きっと魔王の如く傍若無人な方なのだろう。目をつけられた時点で終わりだったのだ。ボクには見せかけの体しかなく、いざ戦闘となったら一方的に蹂躙されるのみ。


 戦いを求められた時点でボクの負けは確定している。ほとんどのモンスターはボクの姿を見て逃げ出してくれたのに……。


「せめて苦しまないようにお願いします」


「そうか、ならば私も全力を尽くそう……。うん? は? お前、今、何て言った?」


「苦しまないようにお願いします」


「その巨体で戦うこともせずに諦めるのか?」


「ボクの筋肉はこの体を維持することで精一杯なのです。激しく動いて戦うとか死んじゃいます」


「そ、そうなのか」


「ですので、苦しまないようにお願いします」


「いや、その、すまなかった……。まともに会話のできるドラゴンだとは思ってなかったのだ。しかし、レン様のためにお前のその艶やかで美しい皮を手に入れたかったのだが……諦めるしかなさそうだな」


 ボクを問答無用で殺そうとしてきたにも関わらず、話をすると情が湧くタイプとは変わった魔族の人だ。


「ボクの皮でしたら、この尻尾の部分でも大丈夫ですか?」


「尻尾? うむ、お前の尻尾ほどの大きさであれば椅子に張るには十分すぎる」


「えっ、椅子!?」


「い、いや、何でもない。こっちの話だ気にするな忘れろわかったか?」


「は、はい。では、尻尾をどうぞ」


 何も出来ないボクだけど唯一出来るのはこれだ。危険を感じた際にうにょうにょと動く尻尾を切り離して逃げ出せる。しかも再生能力が異常に高いので数日もすれば普通にまた生えてくる。


「めっちゃ動いてるな……。これ生きてるのか?」


「切り離してから少しの時間はこのように弱った小動物の如く誘い込む動きをしてくれます。その間に本体は逃げるという作戦です」


「そ、そうか。そのすまなかったな」


「いえいえ。では苦しまないようにお願いします」


「待て待て。私はこの尻尾を貰えたら十分満足なのだ。だからお前の命をとるようなことはしない」


 いきなり攻撃してきた割に優しい人らしい。魔族ってこういう意味不明な人が多いから嫌なんだよね。


 餓死するか、苦しまずに死ぬかどちらか選べと言われるならボクは苦しまずに死ぬ方を選ぶ。この人の魔法ならボクなんか跡形もなく一瞬で燃やし尽くしてくれそうだしね。


「先程あなた様が燃やされたシャインブラックベリーの木はボクの主食でして、この森のこの場所にしかありません。ボクはこれがないと生きていけないので、どちらにしろ死ぬことは確定しているのです。早いか遅いかだけです」


「そ、そうだったのかっ! は、早く火を消さなければ!? スライム、頼む手伝ってくれ」


「いや、もう炭になってますから、いいですって……」


 その魔族の人は驚くほどにあわてて、どこに潜んでいたのか珍しい黒いスライムと共に燃えている火を消したり、根が無事なものがないか地面を掘り起こしたりしながら調べ始めた。


 黒いスライムが水を出しての火消しから土の掘り起こしまでとても素早く手馴れた感じでテキパキと動いている。スライムって消化系が得意な種族じゃなかったっけ?


 そうして、しばらくすると申し訳なさそうな顔で少しばかりの種と無事だった木を数本だけボクの前に持ってきてくれた。


「これでどのぐらい持つのだ?」


「うん、三日かな」


 三日後から絶食が始まり、ボクの命が尽きるまであとどのぐらいなのだろうか。


 やはり、今ここで殺してもらった方が楽な気がする。

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