赤いきつねと緑のたぬきの異世界転生記~トラックにひかれた「赤いきつね」と「緑のたぬき」は異世界で亜人種に転生しました。異世界にもあった「うどん」と「そば」の対立に転生した2人?は何を想うか~

ホークピーク

赤いきつねと緑のたぬきの異世界転生記

 一流企業に入社して1年目の前途洋々たるその若者がコンビニで夕食に買ったのは「赤いきつね」と「緑のたぬき」だった。うどんとそばを一緒に買うとはなかなか大胆な振る舞いだ。ちなみに筆者は蕎麦党で、うどんを買って食べることももちろんあるがその割合は蕎麦9に対してうどん1ぐらい。圧倒的に蕎麦に偏っている。といいながらもコンテスト応募の間に両方一緒に買ったのは秘密である。幸いトラックにはひかれなかった。

 コンビニからの帰宅途中、その若者は横断歩道を渡ろうとしたときにトラックにひかれそうになった。トラックのライトが眩しく若者を照らす。驚いた若者は想わず立ち止まってしまった……。

 しかし偶然すぐ後ろを歩いていた力士に引っ張り戻された若者は危機一髪で助かった。

 力士の機転に周囲にいた人たちは賞賛の声をあげ拍手した。中にはスマホで撮影してSNSへ美談をアップする人もいた。助けられた若者は力士に何度も頭を下げて御礼を言っていた。力士は照れて困った様子で汗を拭いていた。

 この力士は後に横綱として大成し、相撲協会の理事長になった。

 この若者は後に大会社の社長にまで出世して、命を救ってくれた恩義を返そうというのか、大相撲に多額の懸賞をかける有名な大口スポンサーになった。

 そして理事長と社長となった2人が再会を果たしたのは40年後のことである……がそれはこのお話とは関係ない。

 若者が力士に引き戻されたとき、驚いて手から離したレジ袋はトラックに弾き飛ばされていた。そう、トラックに弾き飛ばされたレジ袋の中身、「赤いきつね」と「緑のたぬき」がどうなったのかは誰の目にも映っていなかった。


「そなたが今トラックにひき殺されるというのは神々の予定にないのだ。やむをえないから……」

 不遇の死を遂げた者に異世界転生のチャンスを与えようとしていた、その日のトラブル対応当番であった神マルは目の前に誰も立っていないことに驚いた。

 しかしよくみれば、地面に2つのカップ麺が鎮座していた。

「なんじゃこれは」

 あまりに驚いた神は用意していた異世界転移の魔法をそのまま解き放ってしまった。

 何もわからぬまま魔法の光に包まれる「赤いきつね」と「緑のたぬき」だった。

 そもそも地球のカップ麺である「赤いきつね」と「緑のたぬき」に何かを理解する能力があるわけではないのだが……。


 神マルの魔法で異世界転生?した「赤いきつね」と「緑のたぬき」。

 なぜか「赤いきつね」は赤色の狸女に、「緑のたぬき」は緑の狐男に転生していた。


 この世界では赤色狸族と緑色狐族がそれぞれ平和に暮らしていた。この世界には様々な亜人がいて、色と動物の種別の組み合わせは一対しか存在しない。これは世界の混乱を避けるためにある神々の協定によるものと言われている。神々の庇護の下、亜人同士は著しく争うことはしないが、お互いに毛嫌いしていたり、良好な関係を保っていたりとそれぞれだ。

 赤色狸族と緑色狐族は山を挟んで反対側に住んでいて相互に毛嫌いしていた。なにがというのではないのだが、どことなくお互いに似ているのが気に入らないのかも知れない。


 転生した2人?は生まれてからずっと何かの違和感を感じていた。

 その人生には常に飢餓感のようなものがずっとあった。特に食事をする度に違和感があるのだ。

 赤色狸女の故郷では「そば」が主食であった。赤色狸族が住む土地はあまり肥沃ではなく、主食用にそばを育てていたのだ。だが赤色狸女は赤色狸族のソウルフードであるそばをいくら食べても心が満たされないのだ。

 緑色狐男の故郷では「うどん」が主食であった。緑色狐族の住む土地は肥沃で麦がよく育った。だが緑色狐男は緑色狐族のソウルフードであるうどんをいくら食べても心が満たされないのだ。


 たかが食というなかれ。その違和感に長年さいなまれ、とうとう我慢できなくなった赤色狸女は村を飛び出した。

 彼女は山に沿って南へ進んだ。様々な部族の村を辿り、その土地のものを食べてみた。だが違和感は薄らいだものの満足できないままだった。


 たかが食というなかれ。その違和感に長年さいなまれ、とうとう我慢できなくなった緑色狐男は村を飛び出した。

 彼は山に沿って南へ進んだ。様々な部族の村を辿り、その土地のものを食べてみた。だが違和感は薄らいだものの満足できないままだった。


 ある日、日も沈みかけた頃合い。赤色狸女は今日はもうどの村にもたどり着けないと判断した。そこで安全そうな洞穴を見つけそこで野営しようと考えた。

 同じとき、同じ場所で緑色狐男も洞穴を見つけた。

「緑色狐!」

「赤色狸!」

 2人はほぼ同時に相手に気づいた。しかもその相手は仲のよくない部族民だ。

 とはいえ敵対していると言うほどでもない。一方でもう日は沈むころで今から別の安全な場所を探すのは難しい。安全な場所は独り占めしないのが旅の掟だった。

「勝手にしたら」赤色狸女はそっぽを向いていった。

「勝手にするさ」緑色狐男は空を仰いでいった。

 2人はバラバラに野営の準備を始めた。


 赤色狸女はソウルフードに違和感があって飛び出していたとはいえ、生まれ育った土地から飛び出すに当たって持ち出せた主食はやはりそばだ。あらかじめ麺にして乾燥させたそばを煮る。


 緑色狐男もソウルフードに違和感があって飛び出していたとはいえ、生まれ育った土地から飛び出すに当たって持ち出せた主食はやはりうどんだ。あらかじめ麺にして乾燥させたうどんを煮る。


 赤色狐女はチラチラと横目で緑色狐男の鍋を見ていた。麺こそ違うが味付けの仕方はそっくりなようだ。このあたりでは一般的などこでも作っている調味料「醤油」を鍋に入れている。


 緑色狸男もチラチラと横目で赤色狸女の鍋を見ていた。麺こそ違うが味付けの仕方はそっくりなようだ。このあたりでは一般的などこでも作っている調味料「醤油」を鍋に入れている。


「真似じゃないの」

「真似じゃないか」

 2人は同時に相手を非難した。

 だが相手のその鍋からなぜか目を離すことができなかった。

 ものすごく食べたいと思わせるなにかがあった。

 犬猿の仲ではないが、2人の部族はお互いを毛嫌いしている。相手の食事に目を奪われたこともあり、2人ともその日の夕食はあまり進まなかった。


「どうせ物真似だ。大した味じゃないに決まってる。だが味見もしないでは、な」

 緑色狐男は相手が寝入ったところで密かに起き上がった。

 そうっと赤色狸女の鍋へ近づく。

 鍋の中には黒いスープの中に灰色の麺がまだ残っていた。残しておいて朝食にしようというのだろう。

「まずそうだな」

 そうは言いながら喉を鳴らした緑色狐男はそばをすくった。


 赤色狸女は得意技の狸寝入りしていた。ちょうどよいタイミングで緑色狐男とっ捕まえるつもりだった。赤色狸族の食事の方が美味しいと認めさせるのだ。

 だが緑色狐男があまりに美味しそうにそばをすするのを見て興がそがれた。

「そんなに喜ぶなら狸人になればよい」と言った。それはそばに違和感を感じ続けた赤色狸女の悲痛な魂の叫びでもあった。

 突然、声をかけられた緑色狐男は驚いて飛び上がった。その拍子に鍋をひっくり返してしまった。

 赤色狸女は何をするのかと怒鳴りつけようと思ったが、緑色狐男が地面に落ちたそばをあまりにも悲しそうな表情をして見ているので、思わず笑ってしまった。

「いいわ、そばぐらいつくってあげるわよ」

 緑色狐男は赤色狸女が調理をはじめるのを黙って座って見守った。

 あまりに神妙にしているので、赤色狸女はとっておきの具「油揚げ」を載せてやることにした。これだけは赤色狸女も好物なのだ。

 緑色狐男は新たにできあがったそばを受け取ると黙って食べた。それは彼の魂を揺さぶるものがあった。

「すごくうまい!」緑色狐男はしみじみと言った。「だがこの具は?」

「油揚げよ」

「こいつはうどんにこそ合うな」緑色狐男は生意気な口調で言った。

「なによ。人のものを食べておいて失礼ね」

「なに。きちんと返礼はするぞ」

 今度は緑色狐男が調理をはじめる。秘蔵の具「かき揚げ」も載せる。

「ほら、これこそが緑色狐族のうどんぞ。食べてみるといい」

 赤色狸女は鍋を受け取った。真っ白な麺が食べ慣れた醤油スープの中にある。そしてその上に見慣れない茶色い塊があった。

「これは?」

「それはかき揚げだ」

 赤色狸女はうどんとかき揚げを食べた。一口食べた後はずっと黙ったままひたすら食べた。初めて食べたうどんは赤色狐女の魂を揺さぶった。

「美味しいわね」

 赤色狐女は鍋を空にしていった。

「でもかき揚げはそばにこそ合うわね」

「それだけ食べておいて……」

 緑色狐男は言いかけて、さっき自分もまったく同じことを言ったのを思い出した。

「うふふふ」

「わははは」

 二人は同時に笑い出した。


 それから10年後。

 2人は南方で見つけた多様な民族の出身者が集まっている村に住んでいた。様々な事情で故郷を捨てた者たちが集まって、自分たちの聖域を作り上げていたのだ。

 2人はそこで協力して畑を開墾した。赤色狸族と緑色狐族の知識は他の種族よりも進んだ者が多く、村の衛生状態を改善し農作物の育成にも貢献した。そんな成果があって2人は村の中心人物となっていた。

 その2人の間には双子が産まれた。見た目から言えば赤色狐人と緑色狸人だった。

 その存在は神々が定めたとされる「色と動物の種別の組み合わせは一対」という世界のルールを破る驚愕すべきものだった。双子はその後の世界に大きな影響を与えることになる。

 だが転生した2人にとってはその出生をもって違和感の正体がわかり、また違和感自体が消えたのだった。

「「あぁ、あの若者は新しい赤いきつねと緑のたぬきを買って食べてくれたかなぁ」」

 それは唯一の前世の記憶だった。

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