凄腕冒険者の弟子がお嬢様のヒモに成り下がる迄の物語

@rorum335

第1話 童貞の青年、職場の先輩から性風俗店を紹介される。

  戦いは凄惨を極め、遂には決着した。

《まったく、人生とはままならないものだ》

 死屍累々、砕けた岩山に、捲れ上がった岩盤、爆発で焼け焦げた地面、辺り一面に広がる瓦礫と砂埃。そして力なく倒れ伏した一人の騎士がいた。

 それらを眺め見下ろす巨大な異形の怪物。

しばし伝説やおとぎ話に語られ、力の象徴として描かれることも多いその存在は、無力な人間を憐れむでもなく言葉を吐いた。

 「……バカな、ドラゴンが喋った、だと」

 苦鳴を漏らしながら片膝をつき、青ざめた表情で息絶え絶えに驚愕する男の名はヨナ。

果敢にも一方的な暴威に最後まで抵抗し、矢尽き弓折れ満身創痍になりながらも戦い抜いた。そして最後の起死回生の切り札であった聖剣を失った。最早戦う術を失い、死を待つだけの身と成り果てた。

諦念と後悔に膝を屈したヨナに、特に感を抱いた様子もなくドラゴンは言葉を紡いだ。

 《犬馬のような畜生でさえ人の言葉を理解して、人と共に暮らしているのだ。何を驚く必要がる?彼らも言葉を発する器官なり術なりがあれば人と会話することも出来るだろうよ》

 爬虫類じみたドラゴンの表情からは感情が読めないが、声色からは特別気分を害した様子もない。

 「そう言われてみれば、そう…なのだろうが」

《我が名はバグシャス。竜玉を求めし者なり。名乗りたまえ、人間》

 冥途の土産にヨナの最期の誉として、ドラゴンの記憶にその名を刻むことを許したのだろう。まるで自分が、おとぎ話に出てくる非業の英雄になったようだとヨナは思った。諦念はあれど、死への恐怖は薄らいでいた。

恐怖と絶望に苛まれた最期ではなく、あくまで誇りある騎士として死を与えられることに、目頭が熱くなる。息を整えドラゴンの瞳に映る己の姿を認めた。そこでヨナの中で眼前の凶獣は絶望の象徴から敬意を払うべき存在に変わり、最期に手向けを与えられたことに感謝すら覚えた。

 「我が名はヨナ・キンバレー、エルストル王国自由騎士団副団長にしてフェリス国王陛下より聖剣を賜った、聖騎士だ」

 兜を脱ぎ拝礼するとともに最後の名乗りを上げる。

彼の瞳には勇士としての己の姿が映っている。未練はある。だが悪くない最期だ。

 《ヨナ・キンバレー、おまえの国にドラゴンの力を宿す宝玉はあるか?》

 「すまない」

 質問の真意を測る前に、つい正直な言葉が口を吐いた。

国の名誉や維新、国益の損得を考えるよりも先に、言葉が出ていた。ヨナには嘘や誤魔化を返すことが出来なかった。

 「わたしは知らない。少なくともわたしはそう言った物があるとは聞いたことがない」

 ドラゴンの意図は不明なままだ。だが、もし自分が嘘を吐いたとしたら、彼の不興を買い祖国に災いが降りかかることは想像に難くない。もし事実と異なったことを言っていたとしても、ヨナが真摯な態度で発した言葉ならば、決してそこことに不興を買うことはないと感じた。

 《そうか、ならいいか》

 バグシャスと名乗ったドラゴンは緊張を解いた。そして小さなため息をのこし、大きく翼を広げる。陽光を背負い、影が聖騎士を覆う。

ヨナは瞑目し、自分の首が刎ねられるその瞬間を待つ。そして烈風が吹きすさび、大地を揺るがす衝撃が奔る。しかし、しばらく待っても覚悟した瞬間は訪れなかった。

 後には待ちぼうけのヨナと倒れ伏した死体だけが残されていた。




宿場町は夕暮れに染まり、そこかしこで炊き出しの煙が上っている。

魔の山脈に連なるグレンガ鉱山を開拓するエリン採掘場では、天幕の下で逞しい肉体の男たちが一日の労働で汚れ、泥土と汗、機械油と鉱物の匂いが染みついた作業着を脱ぎ捨て、洗濯籠に放り込んで、束の間の解放感を味わっていた。

散水機の下で火照った裸体に冷水を浴び、こびり付いた粉塵を洗い流した男たち。そして既に身支度を整え、町へ引き上げようとしている一団の中に、まだ年若い男が居た。

「一日お疲れ様です」

「お勤めごくろう」

各々が帰り支度をすませ、家路に帰る挨拶を交わす中、腰に回したタオル一枚のまま帰ろうとした新入りの男が居た。

「おい新入り、その恰好じゃ帰れないぞ」

年若い男を制止したのは髭を生やした巨漢だ。ドワーフのようは立派な髭を生やし、筋肉だるまのような体型だが、背は人間の男よりもずっと高い。周りから親方をあだ名される現場の主任だ。

「えっ?ダメですか」

「ダメに決まっているだろう。魔鉱石の採掘現場だぞ。ここの粉塵にも未精製の魔素が含まれている。ちゃんと着替えてこい」

魔素、それは現代産業の動力を支えるエネルギー物質の一つだ。自然界に満ち溢れ、世界を循環する魔力、マナ。それが歪み淀みんで、本来の自然界の流れに戻れなくなり、不安定な状態から安定した状態になるため、物質化した微粒子を魔素と呼ぶ。更にそれらが寄り集まって結晶化した物を魔石と呼んだ。自然界で天然の魔石は希少なため、一般的にはこのグレンガ鉱山のように魔素を含有した鉱石、魔鉱石から魔素を精製、製錬して魔石が作られている。この精製、製錬技術の登場によって何の変哲もない僻地にも、魔鉱石採掘産業の波が押し寄せ、一躍多くの出稼ぎ労働者たちが職を求めて集まる再開発投資地区となっていた。

魔導革命以後、さまざまな技術革新が重なり一般社会にも魔石を使用した動力源、交通手段、通信設備などが普及し始めていた。そんな昨今の王国の魔石需要を支えるのは、グレンガ鉱山で一次産業に従事する魔鉱石探掘者たちだ。

新入りとあだ名されている男は困った表情を一瞬浮かべ、悩む様子もなく

「着替えがないので、裸で帰ります」

タオルを脱ぎ捨て完全に裸になる男の目には迷いがなく、親方はあきれて気味にどやす。

「本当にッ!?バカかお前は!!!」

親方は新入りを掴み上げ、何も考えていなさそうな男の顔を見てため息を吐いた。まるで子供を相手にしている気分だった。

素直で聞き分けが良いが、分別のない行動が多い。無知で何かと目をかけてやらないと危なっかしい。

もともとエリン採掘場の労働者たちは他所からの出稼ぎの寄り合いだが、その中でもこの新入りは悪目立ちしていた。普段の恰好と身形から、どこの地方のどんな労働に従事していたかある程度判断できる物だが。新入りはろくに替えの服を持っておらず。手あたり次第に手に入った服を適当に組合せたトンチキな恰好で現れて、同僚から着替えもロクに出来ないと貧乏人と笑い者にされた程だ。とんでもなく常識知らずで、この年までどうやって生きて来たのかさえ疑問に思う。そして今回は全裸で帰宅しようと云うのだ。常識だけではなく、恥もしらないようだった。

周りから笑い者にされ、道化染みた扱いに媚びたような笑みで空気を読み、不平不満も言わずに真面目に働く。そのため仕事場での対人関係はわるくない。頭に行く栄養が身体に偏って育ったバカなのか、見た目の体格以上に体力に恵まれていて人一倍一生懸命に仕事をこなして作業を捗らせてくれる。変なことを吹き込まれても、それに質問を返して何かがおかしいことに気づいて、確認する程度にはコミュ力はある。このまま一緒に仕事を続けていけば徐々に常識を身に着けて、周囲に馴染んでいくことだろう。

「前に辞めた奴が置いていった服がある。それに着替えろ。来週から気を付けろよ」

「ご迷惑をおかけしました、親方。恩に着ます」

困ったような媚を含んだ笑み。どこかで見た覚えのある卑屈さは、人に従うことに慣れ切ったそう言う身分の生き方をしてきたのだろうと親方に思わせた。

「ところでだ。そんな様子じゃ、魔素中毒についての話もちゃんと聞いていないだろ?」

一度注意したことをちゃんと覚えているか、一応確認しておくべきだろう

「ええっと、確か未精製の魔素を体外から大量に吸い込んだりすると、マナが体内の生命エネルギーであるオドと干渉して中毒を起こすって話でしたよね」

意外にもこうしたことには物覚えがいいようだった。

「その通りだ。流石に命に係わる重要な話だ。そこを聞き逃していたら、また一からボタ運びの仕事をやってもうところだったぜ」

注意やお説教もこの程度にして、そろそろこの職場の働き方以外のヤリ甲斐を教えておく頃合いだろう。

「それでだ。本題はここからだ。着替えながらでいいから聞け」

言い終わると親方は新入りを地面に下し早く着替えるように催促した。

 「長いこと魔鉱石の採掘作業をしていたら、魔素を含んだ粉塵を吸い込み続けて肺病になるか、魔素中毒を起こしておっちんじまう」

 ただでさえ空気の悪い坑道や粉塵舞う採掘現場では常に肺病のリスクが伴う。その上魔素中毒の危険を合わせれば、魔鉱石産業の労働環境は他に比べ著しく劣悪だ。そのため高額な報酬が約束され、極端な成果主義で一攫千金を狙える。もっとも投資が盛んな成長産業だが、そこで働く労働者は長くこの仕事に従事できずリタイアする者が多い。さらに協同作業を行うことが多い上、人間関係で揉めるとさらに事故や離職の発生率は高くなる。だからどうにかして魔石探掘者を長持ちさせるための工夫をしていた。

「まぁ、自分で魔力を操れるような魔術師みたいな特別な奴を除くが。オレらみたいな凡人には到底真似できない芸当だ。それでも一つだけ体内に取り込んじまった魔素を排出する方法がある」

「そんな方法が、本当にあるのですか」

常識知らずの新入りが食い入るように親方の話に身を乗り出していた。どう云う事情があるかは知らないが、コイツも魔鉱石の探掘で一山当てたい理由があるらしい。純度の高い魔鉱石の鉱脈を見つければ特別報償が支給される。その上、その鉱脈の魔鉱石の採掘を任されるため、成果報酬は一気に上がる。ただし純度の高い魔鉱石を掘り出すと言うことは、それだけ魔素の濃度が高い場所で働くことになる。だから肺を病むより先に、千載一遇のチャンスを目の間に魔素中毒で志半ば離職するヤツは五万といた。だが、少なくともこの会社で働いている限り、そんなは事態には陥ることはない。その秘訣を知りたがるのは当然だろう。

「ああ、存在する。それはな」

おもむろに上着の内ポケットから取り出した一枚のカード。そこには煽情的な女性の媚態が描かれている。紙面にはレット・ディ・カプラ“SQバスマナクリーニング”と印字されていた。

「……洗濯屋ですか?」

新入りは神妙な顔で眉をひそめた。表情から見るに本当に何も知らない様だった。親方はまた察しの悪い子供を見るような目で話を続ける。

「お前にはこれが洗濯屋のポイントカードに見えるのか。まったく、本当に物を知らん奴だ。コイツはウチの社員限定の会員制の娼館の会員証だ。この秘密の娼館はうちの会社の提携先でな。コイツがあれば繁華街の秘密の裏路地を通って、隠れ屋敷の娼館に入ることが出来る」

「?」

「ここだけの話だ。お前を信頼して秘密を教えてやるからよく聞けよ。この娼館には人間の身体に入り込んだ魔素を取り除くことが出来る魔族がいるって噂がある」

魔族、それは人類の敵として長らく脅威となっていた存在だ。先の魔王大戦で多くの魔族が滅ぼされ力を失ったが、今なお人間社会に隠れ潜んで人類の転覆を狙い暗躍していると噂されている。神殿勢力や冒険者ギルドはそんな魔族たちを見つけ出し、討ち滅ぼすことを至上命題として掲げ、日夜心血を注いでいる。

そんな魔族がこのエリンの町の繫華街で娼婦をやっているというのか。

「魔族がよく神殿や冒険者たちに殺されずに生きていますね。確か奴隷にする事も禁止されているはずでは?魔族を匿ったりしてバレたら貴族や豪商でも即異端者扱いで財産を没収され焼き討ちに遭うと聞いています」

コイツは何でこういう常識はちゃんとあるんだろうか。魔族との戦争はとっくの昔に終わったが、未だに時代錯誤な魔族討伐や魔族の奴隷狩りが続いている。前時代的な価値観を引きずっているヤツらは多いが、実際のところ隠れて魔族を飼う貴族や好事家は多い。それだけ魔族という種族がもつ力が有用で魅力的なのだ。

「それはあくまでも建前上の話だ。実際にはいろんなところで迫害を受けている可哀そうな魔族を匿って働かせている所は五万とある。この娼館もオレたちが働いている会社もその一つだ。バレなきゃいいんだ。神殿や冒険者ギルドに密告してみろ、その娼館で働いている魔族はおろか人間のオレたちまでみんな失業して路頭に迷うことになる。最悪、魔族を匿った会社の人間だってだけで、異端者の烙印を押されて無関係な家族まで焼きころされちまう。絶対にバラスなよ。まぁ、その秘密を守るための会員証と隠れ娼館なんだがな」

「オレには冒険者や神殿には良い印象はありません。秘密は守ります。魔族に同情的な人たちの方がまだ共感できます。それで魔素を取り除くことが出来る魔族について教えてください」

「ああ、その魔族については実際に娼館に行ってから教えてやる。どうだ?明日は休日だ。お前もそろそろ羽目を外す頃合いだろう」

「え…えん…遠慮させていただきます」

食い入るように話に食いついて来た新入りは、目を泳がせ恥ずかしそうに断った。

「行きたい気持ちはテンコ盛り何ですが、その、ウチにはオレの帰りを待っている家族が居りまして」

「ん?お前独身だろう。家族がいたならちゃんと申告しろ」

「ああ、いや違います。まだ家族じゃなくて、将来家族になる予定というか、その」

 歯切れが悪く、口ごもる新入り。心なしか顔が赤い。スケベな男の心をくすぐられていた好色な顔付きから一転、純情そうな青年の初々しさを感じさせる。親方はその顔をみれば得心した様子で笑った。

「何だ、お前そう言うことか」

「そう言うことです。はい、すみません。……でも、これに懲りずにまた誘ってください」

 「おう、いいともよ。お互い浮気は程々にしねぇとだな」

 「えへへへ、またの機会によろしくお願いします。ではまた来週、お疲れさまでした」

 暗くなった夜道で新入りと呼ばれた男は呟く。

 「まったくもって、余計なお世話だ!」

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