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「もしかして邪魔しちゃった?」
「いや、むしろ助かったかも」
「だよねぇ~。あいつはちょーっとあたしっぽいからさ。今の蒼汰が求めるような存在じゃないって。何より恐ろしいのは――」
すると彩夏は他へ聞かれないようにだろう、僕の耳元へ近づくと小声で続きを口にした。
「あいつ彼氏いるんだよね」
「え? ほんとに?」
僕は思わず既に翔琉と話しをする杏さんを見てしまった。
「言うならばあいつは飢えた猛獣だから。今の蒼汰には合わないし、食われない内に助けてあげたって訳。――って言っても変に流されない限り大丈夫だと思うけどね」
「まぁね。でも結構、凄かったからね。あの人」
もしかしたら断り切れずにこの後、二人夜道を歩いていたかもしれない。そう思うと少し怖いし、同時に彩夏に対する感謝の気持ちが溢れ出す。
「ありがとう」
「いーって。だって今日は、狙い目って一人しかいないし」
確かにこの日の男性陣の内、三人は顔見知りだ。
「それにその一人もあんまりだったからなぁ」
はぁー、と溜息を零す彩夏。
「蒼汰は? どう? 杏以外で気になる子いた? 何なら手伝ってあげるよ?」
そう訊かれ再度、彼女達を順に見ていくと共に思い出してみるが、やはり僕の中には陽咲しかいない。申し訳ないけどやっぱりこれは彼女と少しでも長くいる為の必要事項でしかなかった。
「ん-。ちょっと……ごめん」
「そっか。でもいーよ。一夜限りの相手ならまだしも、一生の相手なんてそう簡単に見つからないって。あたしが言うんだから間違いない」
どこか自虐めいた彩夏は言葉の後、他のメンバーを見回した。
「それじゃあ、今回はあたし達が組むかぁ」
「組むって?」
「あの良い感じそうな組み合わせの為にもこれが終わったら一緒に退散しようか」
彩夏の説明の後、視線をやってみると確かに良い感じで二人ずつに分かれ楽し気に会話をしていた。
「そうだね」
それから暫くしてこの会は幕を閉じた。
「それじゃあ、私は彼と一緒にお先に失礼しまーす」
演技的に腕に抱き付く彩夏。そんな彼女に釣られ、先程と同じペアが後に続いていく。そして二次会に進むことなく僕の最初で最後の合コンは終わりを迎えた。
居酒屋を後にした僕は、彩夏と一緒に繁華街の道を歩いていた。
「いつもはこっから二次会って感じ?」
「んー。その時の雰囲気かなぁ。あたしはいけそうならそのまま男の人と抜けることもあるし、もう少し時間が必要だったら二次会に行ってもう一押し頑張るって感じ」
「それってその人と二人だけで二次会に行くってことだよね?」
「そうだねぇ。別の居酒屋に行ったり、バーに行ったり、ホテルとか、後は相手の家に誘われたりとかも」
だけど今回は二次会もなければ僕の隣で歩いている。
「でも今日は収穫なしと」
「まぁ今日はね。四分の三は知ってる奴だし、残り一はあんまりだった上に友達が良いって言ってたから」
「そう言えば今日来てた女の子ってみんな彩夏の友達?」
「そう。大学の頃のね」
合コンの時の彩夏は同性に嫌われそうな感じはするけど、こうして普通に話している時は友達が多そうな感じがする。実際はどうなのか分からないけど。
「そうだ。もしよかったら近くのバーで呑まない? あたし全然呑み足りなくてさー」
確かに普段の飲み会と比べると今日は一杯の強さもそうだし全然飲んでないような気がする。それに僕ももう少し呑みたいと言えばそうだ。
「いいよ。どこか知ってるお店あるの?」
「もちろん。ついて来るが良い」
そう言って彩夏は一歩先を歩き出す。そんな彼女に連れられ入ったお店は階段を下り地下にある隠れ家のようなバーだった。店内は狭めであまりお客さんは居ない。
「ようこそ。あたしのとっておきへ」
「おぉー」
中に入り正面のカウンターへ足を進めながら僕は思わず声を零した。バーは初めてって訳じゃないし、かと言ってそこまで色々と行った事があるって訳でもないけど、内装や雰囲気を含め良い感じの場所だ。
「あたしが持ち帰った男は数知れず。でもこの場所に来たのは蒼汰が初めてなんだよぉ~」
「もしかしてその持ち帰った男の中に僕もカウントされてる?」
「もちろん。今日で一プラスっと」
「じゃあ僕もプラスしとこっと」
「持ち替えられた数ね」
「とっておきを教えてもらった数」
そしてカウンター席に座ると彩夏はホワイトレディと注文し、僕も同じのを頼んだ。呑んだことは無いけど、彼女のお気に入りのひとつらしく呑んでみることに。
「カンパーイ」
軽くグラスを触れ合わせ、そのまま一口。味はスッキリと思ってたより呑みやすい。
「それでどうだった?」
「ん? 何が?」
「合コン。楽しかった?」
「うん。楽しかったけど……」
「けど?」
僕は答える前に持ったままのグラスを口へと運んだ。
「僕にはちょっと疲れるかなぁ」
「まぁそうか」
うんうんと頷き一口呑む彩夏。それは彼女自身同じような事を少なからず思っているからなのか、それとも僕がそんな事を言うとある程度予想してたからなんだろうか。
「正直、ちょっとだけ合コンとかって蒼汰には合わないかもなぁーって思ってたんだよね」
「僕もそう思ったかな」
「でもさ。何で急に?」
それは、「どうして前に進もうと思ったか」という意味だろう。正直に答えれば当然ながら陽咲の話をしないといけない。僕はわざと徐に吞み、その一口の間に別の理由を考えた。
「――まぁ。この前、彩夏に言われたからって言うのもあるかな。それにいつまでも落ち込んでても駄目だなって思ったり」
「ホントにぃ? だってあの時、マズい事言っちゃったって思ったよ?」
「まぁあの時は少し過剰に反応しちゃったから。ごめん」
これは嘘じゃない。陽咲の言葉が過って敏感に反応してしまった。
「いやいや。あたしもお酒が随分と入ってたとは言ってもちょっと無神経だったし」
「でも彩夏はそうした方が良いって思ってたんだよね?」
すると彩夏は呑もうとした手を止め、横目を探るように僕の顔へやった。数秒だけ僕を見ると止まっていた動作は時を進め始めお酒を一口。その後に口を開いた。
「まぁね。――でも、結婚したことも無ければそんな風に大切な人と別れた事もない奴の勝手な意見だけどね」
だから気に留める必要はない。そう言いたいんだろう。
「もし彩夏だったらそうする?」
んー、唸るような声を出しながら口に着けたグラスを傾けるとワインのテイスティングでもするように時間を掛けて呑み込んだ。
「実際にそうなったら変わるかもしれないけど――でもするかなぁ。もちろんすぐにじゃなくて、落ち着いてきたらだけど」
「まだその人の事を愛してるのに?」
「そうだけど。もうその人はいない訳じゃん。どれだけ想っても伝わらなくて、触れる事も、見る事も、感じる事さえ出来ない。何て言うだろう。あってるのか分からないけど――なんか、叶わない恋みたいな。――こう、想えば想うほど苦しくなっていく。手を伸ばせば距離の遠さに気が付いて。あの煌めいてたはずの気持ちにいつの間にか締め付けられてる」
話をしながら徐々にお酒の水面へと落ちていった彩夏の視線。混じり合った感情ごと隠すように垂れた髪の向こうにあったその表情は複雑なもののように思えた。悔しさ、懐かしさ、甘く酸っぱい。
「だから進まなきゃ。いつまでもそうしていられない。それじゃあ苦しいままで。それじゃあ幸せになれない」
その言葉がお酒へ溶けていくと、彩夏はそっと僕の方へ顔を向けた。目が合い一瞬、止まるが我に返り慌てたように笑みを浮かべて見せる。
「みたいな?」
そして最後の一口を飲み干し、再度僕へ顔を戻した。
「なんて言うんだろう。結局、そうするのが自分にとっても相手にとっても良い事なのかなぁーって」
「相手にも?」
「そう。だってあたしだったらいなくなった自分の事を想ってくれるのは嬉しいけど、それでずっと悲しみに暮れてたら嫌だから。あたし抜きで幸せになってよって思うかな。思わない?」
「それはそうだけど」
言いたい事は良く分かる。陽咲に同じことを言われた時もそれを否定する事は出来なかった。きっと逆の立場だったら同じ事を想うだろうから。
「新しい人を見つければ自分も前に進めるし幸せ、あの人も幸せ、彼も安心して幸せ。一石三鳥ってやつ」
全て解決したと言うような表情でそう言うと彩夏は別のショートカクテルを注文した。そんな彼女の隣で僕は残りを飲み干す。
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