みんな誰かに許されたい

未唯子

case1.安藤雅也の罪〜俺の方が早く出会ったよ〜


 早い者勝ちというのなら、確かに俺が勝っていたのだ。


 俺の好きな人である冴羽綾とは、高校一年生の春に出会った。一目惚れの存在こそ知っていたものの、経験などしたことのない俺はそれを信じていなかったのだ。

 だけどどうだろう。軽率に経験してしまえばなんてことはない。一目惚れはそこかしこに転がっているのだと悟った。


 幸か不幸か、俺と冴羽は仲良くなった。異性の中ならお互いに一番だ。しかし仲良くなりすぎた。冴羽は俺を心から友達だと思っている。男だと意識していないのだ。

 だけど俺は焦っていなかった。だって冴羽は恋など知らないと、今までしたことなんてないと言うのだ。

 幼くて可愛い冴羽。これから時間をかけて俺のことを意識させればいい。本気でそう思っていた高校一年生の俺をブン殴ってやりたい。




「……は?」

「ちょっと!は?って酷くない?」

「いいから、今なんて言った?」

「だーかーらー、村上くんのこといいなって思ってるの」


 頬を赤らめるその姿は、恋する乙女そのものではないか。冴羽は好きな奴のことを話すとき、こんな顔をするんだな……初めて知ったよ。


「……村上ねぇ。なんで?」

「え、優しいじゃん?」


 優しい?確かに村上は優しいよ、それは認める。だけど俺だって出会ってからずっと、お前に優しくしてきただろう?

 顔だって、俺の方がかっこいいし、背だって俺の方が高い。頭の良さはどっこいどっこいだけど、運動は俺の方ができる。人望は確かに村上の方があるだろうけど、女子人気は確実に俺の方が上だ。


「だからさぁ、安藤に協力してほしくって」

「……」

「え?ダメだった?」

「なんで俺なんだよ」

「そんなの安藤が村上くんの親友だからでしょ!」


 決まってんじゃーん、と朗らかに笑う冴羽はやはり可愛い。


 そうだ、俺と村上は中学からの友達……というか、冴羽が今言ったように親友と言っても差し支えがないほどの仲だ。よりによって村上。なんでだよ。


 二学年への進級に伴い行われたクラス替えで、冴羽と村上は同じクラスになった。生憎俺は別クラスになってしまったが、村上を口実にして冴羽に会いにいけるじゃん!なんて能天気なことを考えていたのだ。ほんと救いようのないバカだ。


 まぁいい。村上も冴羽と同じように恋愛には疎い奴だ。女子と関わることも苦手で、男とばかり騒いでいるようなタイプなのだ。まだ大丈夫。まだ取り返せる。


 そんな浅はかな考えの俺を二度目の衝撃が襲ったのは、それから間もなくしてだった。





「……は?」

「だからー、冴羽さんのこといいなって。お前仲良かったよな?」


 仲良くなんてねーよ、と返したかったが、あまりのことに茫然自失で「あぁ」と頷くことしかできない。なんなの、こいつら両思いってこと?


「協力してくれとは言わねーよ?だけどタイプとか知ってるなら教えてほしーなーって」


 そんなの俺が知りたいくらいだ。あ、違うわ。もう分かったんだった。タイプは村上翔吾、お前だよ。んなこと、口が裂けても教えてやんねーけど。


「イケメンが好きって言ってたぜ」

「まじかよー、俺絶対無理じゃん……!」


 おー、だから諦めろ。


 そんな願いが通じたのか、休憩時間の度に足を運んだ冴羽たちのクラスで見ても、冴羽や村上から聞く話でも、2人の関係性は進展していないようだった。

 お互いが恋に奥手。それが俺に有利に働いたのだ。


 2人が想いあっていながらも、全く進展しない間、俺は冴羽とさらに仲良くなった。2人で遊びに行ったりもしたし、一部では俺たちが付き合ってるという噂もあるようだ。

 このまま外堀を埋めて、逃げられなくしてやるのもいいかもしれない。


 しかし高校二年生の夏休み前、俺はまた衝撃を受ける。


「告白しようと思ってるの、村上くんに」

「は?なんで?」

「なんでって、夏休みになると会えなくなるじゃん……やだな、って」

「……振られてもいーのかよ」

「え、やっぱり振られると思う!?」


 それは冴羽の告白を阻止しようと咄嗟に出た言葉だった。しかしそれに想像以上に食いついたのは冴羽だ。

 俺の心の黒い部分が、分岐点はここじゃないのかと甘く囁く。


「あぁ、あいつ彼女できたみたいだぜ?」

「う、そ……」


 嘘だ。彼女なんて生まれてこの方出来たことなどない。


「しかも、スラッと背が高くて、物静かで大人っぽい美人」


 俺はこれでもかとばかりに、冴羽と正反対の虚像を作り上げた。冴羽の顔はみるみる絶望をたたえ、今にも泣き出しそうなほどだ。

 あと一押し。そうすれば冴羽は俺の元へと帰ってくる。


「お前のこと傷つけたくないから黙ってたんだけど、村上言ってた。お前のこと『うるさい女は苦手だ』って」

「……そっかぁ。そっか」


 冴羽のくりくりとした丸い瞳に、じわりじわりと涙が溜まっていく。それが瞬きをした瞬間、俺の伸ばした手の甲にぽたりと落ちた。

 背筋がぞわりとしたのは、優越感と悦びの感情に支配されたからだ。


「なぁ、俺にしとけよ。俺ならお前のこと泣かせない」


 だなんて、その涙を拭いながら、使い古されたセリフをトドメに吐けば、冴羽は困ったように笑った。


「慰めてくれてるの?」

「本心だよ。ずっと、初めて会った時から冴羽のことが好きだった」


 俺が出来うる限り優しく微笑めば、冴羽は真っ赤になった目尻を柔らかく下げて、こう言った。


「安藤は優しいね」


 そうだよ、俺は優しい。しかもお前にだけだ。だから早く俺のものになれ。

 とびきり甘やかして、ぐずぐずに溶かしてやるから。そして気がついたときには、俺なしでは生きていけなくなればいい。


 好きな人を裏切り、親友の気持ちを蔑ろにし、悪魔に魂を売った俺にさえも、冴羽は「優しい」と笑いかけてくれるのだ。

 

 冴羽がいなきゃ意味がない。冴羽がいてくれるから俺が俺でいられる。

 安くて濁った魂など、悪魔にくれてやる。だから、代わりにどれだけ願っても手に入らない冴羽を俺にください。


 初めて交わした冴羽との口づけは優しい罪の味がした。

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