第65話 吹雪の足音(夕刻)




それは「あっ」と声をあげる間もないほどに突然で———。


細い指先から放たれた小さな髪飾りが、きらめきながら白い雪の降る虚空を飛んだ。

とても大切なものが、雪帽子をかぶった草の上をいとも簡単に転がり落ちていくさまを、私はただ茫然と見つめていた。


「そうねぇ———」


子供のように無邪気にほほ笑む面差しの上の、美しい飴色あめいろの瞳がいびつに歪む。



「あなたが代わりに消えてくれる?」







「————リリアナ、どうした?」


ふと空を見上げた私に気付いて、公爵が足を止めた。繋いだ手のひらに強く力が込められる。


「……ぁ、いえ……。今、誰かに呼ばれたような気がして。でもきっと気のせいですねっ」


振り返れば、自分たちが付けた足跡だけが点々と続いていた。

公爵に手を引かれ、きらきらかがやく新しい雪を踏みしめながら歩いている。


一歩進むごとに地面がぎゅっ、ぎゅっ……。


「ふふっ。足元が鳴いているみたい。この音、楽しいですね!」


ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ。

麻色のブーツを何度も踏しめる私に、公爵が頬を緩ませる。


「今夜は吹雪になるらしいから、明日の朝はもっと積もるよ」

「吹雪っ……?!私、初めてです。こんなに綺麗な空が荒れるのですか?」

「暴風が雪をはらんで、雪の嵐になる。リリアナは軽いから、すぐに飛ばされてしまうだろうな!」


不意に背中に大きな手のひらが当てがわれ、片手を繋いだまま、やんわりと抱きしめられた。



「雪が降りはじめたら、城の外には出るな……。絶対に、だ」



ふわっと公爵の『香り』に包まれ、恍惚として。

頭がふわふわ軽くなって、理性が持っていかれそうになる。



「……もう何があっても、私は、君を失うわけにはいかないのだから」






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《次話予告・吹雪の足音(早朝)》



いつも有難うございます!

春休み到来のため、更新がゆっくりになります><。

よろしくお願いいたします。

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