不協和音
岸亜里沙
不協和音
音楽というものがこの世から消えてしまうとは、誰も予想出来なかっただろう。
数年前に世間を騒がせた信じがたい発表。
──人間に寄生する『音』が発見された──
当初、その発見が何を意味するか、我々には知る術がなかったが、徐々に『音』の寄生が世界を蝕んでいく様は、恐怖でしかなかった。
最初は、音階でいえば『ラ』の『音』の寄生が始まった。次に『ド』、『ファ』、『ミ』、『ソ』、『レ』と続き、そして最後に『シ』の『音』の寄生も確認された。
『音』に寄生されるとどうなるか簡単に説明すると、その音階の『音』を聞いた途端に神経系が麻痺し、脳細胞が破壊され、最悪の場合死に至る。
例えば『ラ』に寄生された人間は、『ラ』の『音』を耳にした瞬間に神経が麻痺して発狂し、人に危害を加える者が多発した。
『音』の寄生が始まると、世界はあっという間にバイオハザードさながらの環境へと変貌していた。
研究者たちの必死の研究も虚しく、原因も治療方法も未だ解明されないまま、ついにこの世界から音楽は消えてしまった。
人々は『音』の寄生を避ける為、常に耳栓をし、手話で会話をしながら無音の世界で暮らすようになった事で、最近驚愕のニュースも飛び込んできた。
耳を、聴覚器官を持たない子供が誕生したというのだ。
これは進化なのか、退化なのか。
『音』の寄生に対する人類の対抗なのかもしれない。
しかし音楽を忘れられない人々は、夜な夜な国の規制を潜り抜け、いつ寄生するかも分からぬ『音』に怯えつつも音楽観賞を楽しんでいた。
ここ“第7ポイント”のグループはロック音楽を楽しむ為の場だ。老若男女数人が今夜も集まっていた。
所持しているだけで厳罰対象のレコード、CD、MD、カセット、音楽データ等を各自が持ち寄り、一時の娯楽に浸るのだ。
今夜は、ある老人が持ってきたLed Zeppelinのアルバム『Physical Graffiti』で盛り上がっていた。
「いやぁ、ロックはいいなぁ」
「私は初めて聞いたけど、ロックって感じね!」
「ワシもリアルタイムでは聞けなかったんじゃが、若い頃にツェッペリンにハマっての。このCDだけはずっとこっそり持っておったんじゃ」
「おじいさんはどの曲が好きなの?」
「そうじゃなぁ。強いて言うなら、全部じゃ!」
「ハハハ!確かに全部良いもんね」
「よし、来週は僕がBon Joviの作品を持ってくるよ」
「いやぁ、楽しみじゃな」
愛好家達が他愛もない会話と音楽を心から楽しんでいた。しかし、曲がちょうど『Kashmir』に差し掛かった時、一人の男が急に痙攣し呻き出した。
「しまった!寄生じゃ!」
「きゃあああああ」
寄生され発狂した男は、護身用に隠し持っていたナイフで、“第7ポイント”に集まっていた人間を次々と刺し始めた。
全員をメッタ刺しにすると、男はそのまま無音の夜の街へと飛び出して行った。
時間にして8分30秒。
ちょうど『Kashmir』が終わる所だった。
不協和音 岸亜里沙 @kishiarisa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます