第217話

京都 近衛邸


 京都にある公家たちの家は控えめにいってもボロボロでガタが来ているものが多かった。この時代の公家は昔の時代に比べて金銭的収入が低かったのだ。これは、戦国時代になり戦乱の世が当たり前になったため、特に武士が前面に出てきて文化よりも闘いというのが大事になったからだと考えられる。


 朝廷もその煽りを受けており帝も儀式が行えないなどだいぶ寂しい事となっていた。その中でも近衛邸はまだマシな方であった。というのも北条との縁により朝廷への貢物に合わせて贈り物が渡されたり風魔が経営している商会を通じて館の修繕や改築を格安で行っていたからであった。

 

 「隙間風が吹かなくなり、暖かい布団や着物、調度品まである。北条との縁がなければこのような生活はできなかったでおじゃろう。」


 前久は北条からの手紙を読むために自室に篭っていた。自室では妻も居らず一息つける空間となっていた為ふと、言葉を漏らしてしまっていたのだ。


 「さてはて、どのような内容でおじゃろうかな。」


 今年の初めから年末には上洛し帝に拝謁したいという意志を表明していたためその事についての連絡だと思いながら読んでいく。読み進めるうちに眉を顰めながらううむと唸ってしまっていた。


 「たしかに現在の幕府との軋轢は生まれるべきではないの。そして、北条は三好と敵対するつもりも足利に敵対するつもりもない。だが、幕府に叛くつもりもない為、朝廷へと参内してから幕府へと向かいたいか…。」


 前久は朝廷が北条の後ろ盾になるには距離が遠すぎると感じていた。上杉もそうだがこれからの世を任せられそうなものたちはなぜ京から遠いのだろうか。そんな気持ちを持ちつつ、2枚目の文を読み始めると驚き手が震えていた。


 「朝廷から関東諸国の官位を貰うことで幕府の傘下に入らず朝廷へと直接献金や上納を行いたい…か。これは幕府には従わないという意思表示じゃろうて。北条は足利なぞ毛程にも気にしておらぬのじゃろう。」


 前久は幕府を信頼なぞ全くしていなかった。現在京都を抑えているのは三好であり、足利は力も持たず朝廷を支えようともしていない。ただ利用して幕府の権威を上げる事にしか興味を持っていない奴らなど頼りにするはずがないと思っていた。実際に義輝に将軍が変わってからその風潮は強くなった。義輝本人は幕府の力や権勢を取り戻そうと躍起になっており朝廷なぞ二の次どころか、干渉しようとすらしないのだ。


 「たしかに、親王国を任せるという名目があれば皇子たちを寺などに入れずに済むのでおじゃるか…。そして、実効支配統治は北条が行い、そこから金子や特産品などを代官として上納すると。悪くない、いや寧ろ大きな財政の助けになるでおじゃる…!すぐに帝にお知らせせねばならぬ!」


 前久は先触れを出して帝に謁見するための場を整え、朝廷へと向かっていった。これからの朝廷の立ち回り方や北条 幕府との関係性を相談するためであった。参内すると帝の前へと向かい、すぐに手紙の件について伝えた。


 「つまり、北条は足利の代わりに朝廷を支える。その為に関東諸国の官位を寄越せと言ってきているのか?」


 その場にいた九条が横槍を入れるように嫌味を言う。


 「有体にいえばそうですが、別に官位を渡さずとも北条は今まで通り朝廷を支えてくれる事でしょう。しかし、足利は、幕府はそれを阻止しようとしています。足利以外の勢力が伸びることを許せぬのです。」


 

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