第175話 改訂


 「だが奴はもう少し落ち着くということを覚えたほうがいいと思うのだ。我々一族の悲願であった関八州の長には王手がかかっておる。周辺国との関係も良好、尾張や京とも繋がりを持っておる。あいつに上野国 下野国 常陸国の対応を任せたのは河越で落ち着いてほしいからなのだが奴は三国峠を強化しながらも何かしでかしそうで我の気持ちが落ち着かないのだ…。」


 「親の心、子知らずですな。」


 「はっはっはっ、諦めるしかなかろう。」


 氏康は額の両端を片手の親指と薬指で抑えながら揉み込み、ため息をふぅとついた。


 「儂が家督を譲ると奴の自由度が下がる為に避けてはいたが、譲ることでむしろ奴に自重を促すべきかのう?」


 場が静まる。氏康が家督を継いでからまだ10年も経っていないのだ。そろそろ立場にも慣れてきて皆が認めて付いてきている今、氏政に譲るのは時期尚早過ぎるというのが普通だが、氏政は普通ではない。何度言えない空気になる。


 「兄者がいるからこそ若様は好きにできているという結論に至ったじゃないか。まだまだ我々にとって殿は必要なのです。そのように悩まずとも大丈夫ではないかと。」


 「綱成の言う通りですな。若様が普通ではないとはいえ、対外的な事やまだまだ成長しきっていないことを考えたら家督を譲るなどありませぬ。気を落とさずに目の前の書類を捌きましょう。」


 氏康は現実逃避を幻庵にそろそろ止められ少し固まった後に手元に資料を持ってきて今日の仕事を再開し始めた。


〜〜〜


 宇都宮と那須の争いを収めてから半年の月日が経った。1550年の夏手前、氏康と氏政は統治に手が追われ続けて小田原と川越城から動くことはそれぞれなかった。年末年始もドタバタしており今年は話し合った結果、上野下野に関しては氏政が、河東伊豆相模武蔵に関しては氏康が挨拶を受け取ることとなった。


 その後は氏政が文官達に恨まれながらも検地と農業の普及に勤めていた。そして、最近になってようやく田植えの時期が始まったのであった。


 「よし、後はお前達に任せる。例年の通りにやっていけばいい。新しい土地だから問題は山積みだろうが基本的には現場の経験者達が多くなるように他の地域からの移住者を住まわせている。彼らと上手く協力して事を進めてくれ、頭の硬い現地民がいれば最悪放っておいてもいい。彼らが刈入れ時に同じ態度が取れるとは思えないからな。」


 氏政は纏め役や顔役のもの達に最後の確認と指示を出していた。


 「現地民が移住者や協力的なもの達に難癖をつけ始めた場合はどのように対応すればよろしいでしょうか?不満が溜まり続ければよろしくないかと。」


 「その場合は警ら隊のものを呼べ。最悪自衛のために切り捨てても構わん。問題になる奴は我々が慈しむべき民ではないからな。」


 少数派の反対勢力など氏政にとっては邪魔でしかなかった。関東の広大で肥沃な平野を農地として形成、維持していくには巨大な労力と費用が必要となる。一々細かいところまで気を配っていては進まないのだ。氏政自身にも最初は葛藤があった。河東や伊豆の頃は結果が出なければ立場がなかったのもあり細かいところまで丁寧に付き合って行ったり、時には武力を盾に言う事を聞かせたりもした。


 しかし、事ここに至っては氏政のやり方は正しいと証明され誰もがその方法を利用していた。ここまで来ると8割以上が参加してくれているため参加したくないものはどうぞお好きにとなるわけだ。勿論その土地に住み続けていれば周りとの差は顕著になる。そこで悔い改めやり方を治すものは救済するが頑固に抵抗し続けるなら出て行ってもらうだけだ。

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