第48話

父上たちとの話し合いの後少し歓談をし、翌日の元旦早朝、皆で初日の出を見て八幡宮の方に向かって手を合わせた。その後は年始の挨拶をつつがなく行い、俺は父上の横で諸将の挨拶を聞きながら過ごして、伊豆に戻る前に上総に寄って行き、安房から船で伊豆に帰った。


 まだまだ彼らに完璧な北条の統治を受け入れさせるのは難しいが、徐々に受け入れられ始めているようだ。特に農業に関する進歩が大きく、以前より実りの良い米や楽になった農作業により、北条の統治を受け入れる下地が出来つつある。


 このまま北条のやり方に慣らしていき、水利権や土地所有権は北条にあるという前提で、後々には各農民に任せる土地の確定と、軍学校を上総と安房に設置して完全な兵農分離制を進めていきたい。


 今はまだまだだが、来年が終わったあたりで一度館山を中心に安房を、久留里城と小弓城を中心に上総を開発していかなければならないな。


 去年の収穫物で農民が売りに出したい分は全て北条で買い取った。安房攻めに使った兵糧の補充や今年房総に支給する分と来年使う分の備蓄だ。全て買い取ることにした理由は勿論、商人から他国に流通するのを阻止するためだ。敵に塩を送るようなバカな真似は出来ないからな。


 商人達に売るよりも北条が先にどれくらい売れるかを把握しているため簡単に掌握できた。突然米の供給を断たれたことによって武田は苦しくなるだろうな。河東でも攻めてくるかは五分五分といったところか。俺としてはよほど勝てると確信できる戦でなければ仕掛けてこないと踏んでいる。


 この戦いで出来れば今川や武田との領地の境をはっきりと決められればいいのだがな。念のためにもう一手、打っておくか。上手くいけば戦後の停戦交渉で有利に立てるし、上手くいかなくとも特に問題はない。


 それと信長から年始の祝いの品が送られてきた。そこに手紙もあり一度会ってこれからの事を話したいと書いてある。これから俺は関東大包囲網やその後の後始末で数年忙しくなるからな。会えたとしてもだいぶ後になるという事を返事しておいた。


 今回の戦の結果次第では北条が躍進する一手となるか、ズルズルと泥沼にハマることになるのか、はたまた史実のように領土の取り合いになるのか。それが決まってくる。史実で上杉謙信の侵攻に合わせて関東の諸将が反乱したのは、北条が民の信頼を得られても諸将からの猛反発が強かった事を示唆している。


 勿論本領安堵が大事な武士にとって主君が誰であろうと構わないのはあっただろうが、それでも成り上がり者の伊勢が、と考える者は少なからずいたはずだ。武力による支配は脆く崩れ去るという事を良く分からせてくれたはずだ。


 だが、今は違う。相模、伊豆、武蔵の一部では完璧に北条の統治に満足している者達ばかりだ。これは民だけでなく将もそうだ。風魔衆による味方の国人に対する内諜活動でも不満が出ていない事が確認されている。


 謙信がこちらに攻めてくるまでに上野や下野、残りの武蔵を完璧に支配下に置けるかが勝負の分かれ目になるだろうな。


 こんな事を悶々と考えてばかりだが、戦が始まるまでもう後半年を切っている。俺たちが用意できる事を淡々とやるだけだ。


 まずは蒲原城の強化だ。今でも充分な防備が用意されているが、今一度バリスタと大砲の位置を確認させ、銃口を覗かせる漆塗りの壁の強度チェック。それに投石器の作動チェックをさせなければ。その後に蒲原城内に蔵を増やして継戦能力の強化、堀を空堀から水堀への変更だな。あとは幾つか櫓を増やしてもいいかもしれない。


 途中にある興国寺城と吉原城には弾薬と食糧が貯め込まれており、蒲原で食い止めるだけなら5、6年は持ち堪えられる計算だ。


 それに合わせて決め手となるであろう、ガレオン船やキャラック船の整備だな。それと上陸部隊にはしっかりと上陸訓練をさせるように指示を出す。彼らならばやり遂げるだろうが、その前に風魔達を使って上陸場所の地形調査だけでなく、敵の戦略や城の見取り図の調査などの密偵作戦をさせておく。それと仕込みの準備も、だな。


 最後に江戸城の改築のために黒鍬衆を総動員しておく。見た目には港の整備に見えるだろう。勿論本当に整備はやってもらうが、それに合わせて江戸城に武具や兵糧を運び込み、堀や塀を新たに加えてより強化しておく。これで敵が川越に来る確率を少しでも高められればいいのだがな。


 傍目には増えた黒鍬衆のための長屋や荷物が置かれているようにしか思えないためいいカモフラージュになるな。我ながら天才的だな。


 今回は農民達には労役はさせなかった。できるだけ敵に情報が漏れないように身内だけで細心の注意を払って作業を行わせる。後は軍の編成だな。

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