第41話

 今川義元


 居城駿府城で扇子を手にパチリパチリと当てながら考えをまとめる海道一の弓取りは、周りに誰も置かず風流のある庭を眺めている。


 我が師と養父の働きかけのお陰で山内上杉、扇谷上杉、古河公方、結城、小田がこちら側についた。安房の里見にも声を掛けるか迷っていたら、今年初めにあっという間に北条に攻め取られてしまった。これで海路からの密使が動きづらくなる上に、陸上では風魔という北条の素破がいるため、武田を経由して遠回りをしなければいけない。面倒臭い事この上ない。


 それに、北条は大きな音で未知の攻撃をするような武器を持っているらしい。元寇で使われたてつはうのようなものだと報告が上がっているが、安房の死体は北条軍によって手厚く火葬で葬られており、死体検証が出来ずに終わったらしい。忌々しい事に徹底しておるな。


 遠目に見た限りでは鉄の筒のような物を持った部隊がいたという事だ。何とか戦開始までに情報を手に入れるように素破達には命じている。


 だが、その分の成果は上がっている。武田は北条からやってきた商人から食糧を多く買い取れた為、力を蓄えている。時が来たら我らと共に河東に兵を進める約束だ。


 河東を支配したら河東地域の米を半分甲斐に無料で渡さなければいけないが、背後を気にしなければいけないよりはマシだ。それに我らが民から貰う米の分のうちの半分にしてやれば被害は少なくなる。嘘は言っていないからな。


 遠江では井伊を排除し、織田も三河から追い返した。米は奪われたが、この一年で侵攻分の米は貯められた。尾張とも休戦をしており、気にせずとも良い。準備は着々と整っておる。後は時が来るのを待つだけよ。


 武田晴信


 今川から内密に北条攻めを提案された。それ自体は別に悪くない。限りなく可能性は低いが、今川に集中した北条から伊豆に近い方の河東地域を奪えれば、武田にも海が手に入る。


 手に入らずとも今川が押さえれば米が手に入る。どうせ奴は税として取り立てた分の半分とか考えているだろうが、こちらの商人が直接農民から買い叩く分には問題ないしな。


 最悪手に入らずとも武田にとっては現状維持だ。北条から来る商人から米を大量に買える。金自体は困っておらぬから量が手に入る北条から来る商人との取引は悪くない。


 別に俺が実際に北条を攻めずに軍を近くに移動させて、戦おうとする風に見せかけるだけでも良い。1番現実的にあり得るのは軍を進めて程よいところで和睦の仲介か。


 その報酬に今川から米を、北条には恩を売れたら武田にとっては最高だな。北条のお陰で武田の民は徐々に力を蓄えておる。この力を以って甲斐と信濃を我が物にして北の海へと出てみせる!だが、隙を見せたら東海道でも我のものぞ?


 織田信長


 氏政からの手紙で色々と情報が入ってくるのはありがたい。最近では我に足りぬものを補うように分かりやすく教えてくれる。爺のように我を嫡男だからと言ってなあなあで済ませず、我に厳しく諫言してくれる者は得難いものなのだ。それをすべて聞き入れるかどうかは別だがな。


 だが、氏政の言うことには1にも2にも理に適っている。自分が分かるからと言って相手が分かる訳ではない。理解することと納得することは別。その上で妥協できる点と出来ない点、譲れるところと譲れないところを探すのが肝要なり。確かにそのとおりだ。


 それだけではなく、軍略や内政についても学ぶところが多い。こちらから聞かねば教えてはもらえぬが、定期便で代わる代わる送っている配下達から得た情報で気になる事は片っ端から聞いていく。最近では安房を攻め獲ったらしく、その時の感想や戦い方、未知の兵器については教えてはもらえなんだが、当主になった時には優先的に回してもらえる事になった。


 定期便に乗せて将来の重臣にしたい者達に、主に関東の進んだ内政や常備兵などの軍政を見せるのは刺激になるようで助かっている。特に頭の柔らかい恒興が内政面でかなり進んだ考えを持てたこと、信盛や平手の爺などは困惑の方が大きかったようだが、民に対する価値観や軍の質の違いを思い知り、北条とは仲良くすべきだとの考えを強めてくれた。


 信盛は猪突猛進が似合う男で考えなしなところがあるが、俺を信ずる大切な男だ。最近では良く話すようになり、あいつがいかに頭が足りないかを痛感している。やはり尾張を統一した暁にはさっさと内政から分離してやらねばと考え、可能であれば信盛を北条の軍学校に入れる事にした。


 安房攻めが終わった後で忙しいかと思ったが、氏政は快く了承してくれた。信盛にはこれで軍略に関する知見を広めてくれればいいのだが。


 それと恐ろしい事に尾張で使える面々の一覧を送って来られた。どれだけ手足が長いのか分からないが、今はありがたく使わせてもらう。


斯波一族に仕える丹羽氏の丹羽長政の次男、丹羽長秀  同じく佐々成宗の三男、佐々成政


恒興の親族で今は甲賀にいる滝川一益


荒子前田家の犬千代


美濃の土岐家家臣 森可成


内部で既に結果を出している者だが柴田勝家と河尻秀隆 


 今の内から声を掛けてみたが、どいつもこいつも優秀な奴らばかりだ。氏政のおかげでしっかりと相手の考えを読み取れるし、こちらの考えも伝えやすい。その上で俺の下に就かせられた。父からは変な目では見られているが、何気に甘い為許されている。


 それに今回の一覧に載っている者は快く軍学校に入れてくれるらしい。順番に忠誠心が充分だと思う者から送っていくつもりだ。


 なんやかんや、氏政は俺と上手くやっていけると思っているみたいだ。俺も将来京を目指し、日の本を外つ国から守るためには東海道や背後を任せられる盟友が居れば楽だ。


 最終的には織田の下に臣下の礼を取らせるか、決戦を行う必要があるかも知れぬ。そこのところをどう思っているか。氏政ならば分かってくれる筈だが、人の心とは分かり辛いもの。一度会って腹を割って話をせねばな。

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