第11話 奥まで入れてちょうだい

「さてと。隼人氏、今日も元気に検閲しに行くぞ」

「…なんでオタはそんなに楽しそうなんだよ」


 六限目の授業が終わり、あっという間にホームルームも済まされた。どうすれば孝介のように元気良くあの場所に向かうことが出来るのか。あまりやり甲斐の感じられない作業に、隼人はどうやら不満を抱いている様子だった。かと言って途中で投げ出すつもりはさらさら無い。唯一見つけることが出来た心地の良い居場所である、という自覚をしているようだ。

 荷物を鞄に詰めて二人は教室を出る。そして、廊下で扉にもたれて立っていた那由が孝介を足止めする。


「——おい、御沢。ちょっとだけ話があんだけど」

「……そうか。どうやらこの女は俺に惚れているようだ。だから隼人氏は先に行っててくれ」


 彼女の真剣な眼差しから何を感じ取ったのか、孝介はおかしなことを口走った。それに対して隼人は『お、おう…』と、那由は『そんなわけあるかボケ!』と反応する。

 隼人は大人しく言われた通りに先に第四資料室へと向かう。その背中が見えなくなり、那由はようやく口を開けた。


「あいつのことなんだけどさ、御沢…お前は何か知ってるんだろ?手を貸してくれよ」

「……良いだろう。ただし、隼人が不利益を被るような内容であれば、俺はすぐに手を引くぞ」

「分かってるよ。お前はそういうヤツだ」


 ふんっ、と馬鹿にするかのように孝介は鼻を鳴らす。二人がいる空間だけ周囲とは切り取られているかのように、重たい空気が流れる。しばらくの静寂の後、彼はいつものように明るく振る舞い始めた。


「おっと、こんなところで道草食ってる場合じゃ無いんだ。隼人氏がこの俺の救いを求めている声が聞こえる!また何処かで会おう、たちばな那由なゆ!」

「……相変わらず、何考えてんのか分かんないヤツだな。敵に回したくないタイプだ」


 孝介は駆け足で隼人の後を追った。


「んん…っ、もっと…もっと隼人くんのを奥まで入れてちょうだい…!そこ、そこが気持ち良いのよ…!もっと激しく動いて…もっと強くして欲しいわ…っ‼︎」


 部屋の中からとてつもなく甘い声が聞こえてくる。孝介はそっと扉に耳を当てて確認するが、これはどう考えても恭子のものである。

(ふっふっふっ、今まで数々のラブコメを制覇してきたこの俺には分かるぞ…!部屋の中で致しているような台詞や声を出しつつ、実際は運動をしていたり、歯磨きをしているのであろう…‼︎)

 誇らしげな表情を浮かべ、もう少しだけ中の様子を伺うことにする。


「先輩…っ、中がキツすぎて俺もう限界です…!」

「ダメよ…!まだ我慢してちょうだい!もっとして欲しいの…!」


 段々と孝介は顔に熱をこもらせる。

(こ、これは…本当にひとつになっているのではないか⁉︎)

 このまま中に入って良いものなのか……彼は迷うことなく扉を開ける。 


「さあ、仕事の時間だ!」 


 下から上へと視線をずらしていくと、まず最初に、かかとをこちらに向けた男女の足が視界に入る。その距離の近さから、二人がかなり密着しているということがうかがえる。

 踵、脚、尻、そして恭子のブレザーの中に手を突っ込んでいる隼人。孝介は言葉を失った。

 彼がやって来たことに気付き、隼人は声をかける。


「おいオタ、そんなところで突っ立ってどうしたんだ?」

「……い、いや、別に何も無いが…。ところで隼人氏は何をしているんだ?」

「先輩の背中を掻いているだけだが?」

「…おおう」


 孝介の想像していたことは勘違いであったようだ。そして三人は何事も無かったかのように、昨日の続きを始める。かなりの量の投書があるものの、相変わらずほとんどがくだらない内容である。そんな時、勢い良く扉が開けられる音が耳に入り、三人は一斉に顔を上げた。

 青のスリッパ——つまり、三年の見知らぬ女子生徒。何故かジャージ姿だが、六限目に体育の授業があったのだろうか。


「目安箱の中身って、ここで見られてるんだよね?」

「そうですけど、何かありましたか?」


 女子生徒の問い掛けに隼人が答える。それを聞くや否や、彼女はずかずかと中に入って席に着く。新しく入るメンバーなのだろうか、などと疑問を抱くが、次の彼女の発言でそうではないことが明らかになる。


「つまりさ、目安箱に紙を入れなくてもここに直接言いに来れば良いわけだ」


 隼人たち三人は、その言葉の意味を理解するのに手間取る。しかし、彼女は間髪入れずに語り出す。


「……あのね、今好きな人がいるんだけど、どうしても告白する勇気が出ないの。振られるくらいなら、今の関係のままでも良いんじゃないか…って。そう、思っているのに心の何処かで期待しちゃってる私もいて…。もしかしたら彼も同じ気持ちで、私に告白してくれるんじゃないか、なんて思っちゃってるの。私はどうしたら良いんですか?」


 突然恋愛相談を始められ、恭子は『申し訳無いですけれども、ここはそういった相談は——』と言いかける。そんな彼女を止め、隼人が回答する。


「……どうしたら良いか、なんてものは知りません。そもそも、責任を他人に押し付けて逃げないでください。それはあなたの恋路ですので。その相手の方が同じ気持ちで…、なんて妄想していますが、例えそうだとしても何故相手から告白してもらえる前提なんですか?同じ気持ちなのであれば、相手も少なからず同じように悩んで迷うはずですよ。いつまでもそうやって他人任せで受け身でいるつもりなら、あなたには未来なんて一生変えられませんよ。今時何でもかんでも男から…なんて言っているのはただの甘えですから。例え失敗してもやり直せる。俺たちにはそれだけの時間があります。だから、大切なのはあなたがどうしたいのかですよ」


 つい熱く語ってしまった。恭子と孝介から、意外なものを見るような目を向けられていることに気付くが、知らんぷりを続ける。

 隼人の言葉を聞いて胸を打たれたのか、相談者は瞳を潤わせ、机の下で拳を強く握り締めた。


「……っ、私がどうしたいか。そんなの最初から分かってたはずなのに…っ!ありがとうございました!」


 そして彼女は、急いで部屋から出て行ってしまった。


「…とても良い話だったわ。隼人くんにはそういった才能があるのかしら。出来ることなら、私の恋愛相談にも乗って欲しいのだけれども…」

「今日は疲れたので遠慮しておきます…」

「今日は、ね。またいつかさせてもらうわ。なんせ私の意中の彼はとても手強い相手なのだから」


 恭子は悪戯な笑みを浮かべて目を細め、隼人の頬を指で優しく触れる。彼はぴくりと背筋を伸ばすが、あくまでも冷静を装うつもりだ。


「…そ、そうですか。それは頑張ってください」

「ええ、もちろん頑張るわよ。大好きな人の為にね」


 顔が熱くなるのを感じる。隼人は返答に困ってしまい、結局無言を選ぶ。

 二人のやり取りを見せつけられていた孝介は、『俺はいったい何を見ているんだ…』と呆れ顔を浮かべて作業に戻った。

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